PANORAMA STORIES

拝啓、世阿弥様 Posted on 2016/10/21 石井 リーサ 明理 照明デザイナー パリ

拝啓、世阿弥様

先日、横浜の赤レンガで、薪能の照明をしてきました。ベイブジッリを借景にしたロケーションを生かすために、透明な板に老松を描いた鏡板を背に、貴方の末裔が傑作のひとつ「船弁慶」を舞いました。雨がちらつく秋の日でしたが、雲間からご覧になられましたでしょうか?
薪能という形態は、貴方の頃には、なかったそうですね。てっきり今見る時代劇の一場面のように、煌々とかがり火を炊いて、大名が高台から杯を片手に観ていたかと思っていましたが。そもそも猿楽から発展した能楽は、神に奉納するもの。夜中の舞は、神に捧げるのが目的なので、観客なんていないし、暗闇で見えなくても良かったのだと聞いて、驚きました。
 
千人を超える観客を迎えての、先週の舞台、そこに仕込まれた何やら複雑な機材から発せられる光に、きっと度肝を抜かれたことでしょう。お察しします。今の人たちは、「お能は敷居が高い」とか「格式や型に縛られている」といいますが、貴方の頃の能は至って、創造的で、実験的で、そして何よりも娯楽であったと拝察いたします。
実は私が今回試みたのは、そうした当時のクリエイティブな精神を、現在の技術を使って、受け継ぎながら、光の面で発展させる、ということでした。お気を悪くなさらないで下さいませね。

拝啓、世阿弥様

薪の炎の怪しい揺らめきを殺してしまう人工の強い光を抑え、メラメラと燃える火が、ドラマのクライマックスに強さを増して、静御前や平知盛の悲しみや怒りといった感情を、象徴的に表現することをやってみたかったのです。さらにいうと、静御前の優雅な出で立ちに隠された内心の激情や、知盛の放つ霊気を、背景となっている鏡板の松が代弁してくれるような舞台にしたかったのです。松は神の依り代。その神が、登場人物の心情を代弁して、内側から輝いたり、燐を燃やすような怪しい青い光を放ってくれるのです。
 
現代の人たちは、どちらかというと「静」の部分にのみ着目しているため、能には抑制された中にも非常に強い情感の変化と、物語の起伏が織り込まれているのが見えにくい。せめて光でその辺の抑揚を取り戻してみたいと、ずっと前から願っていたのが、今回形になりました。
舞台照明をデザインする時、後になって「照明がよかった」と言われる興行にしてはいけないと思っています。光は雰囲気を創るもの。その「気」の中にそこはかとない優しさや、おどろおどろしさなどが感じられれば、それはまず演者のお陰、そしてもしかしたら、そこに光が少し貢献しているのかもしれません。そんな光を感じていただけたのであれば、本望です。
またいつか貴方の世界を、もっともっと冒険させて下さい。                

敬具
                                          
横浜にて。2016年9月

                       

Posted by 石井 リーサ 明理

石井 リーサ 明理

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Akari-Lisa Ishii
照明デザイナー。東京生まれ。日米仏でアートとデザインを学び、照明デザイン事務所勤務後、2004年にI.C.O.N.を設立。現在パリと東京を拠点に、世界各地での照明デザイン・プロジェクトの傍ら、写真・絵画製作、講演、執筆活動も行う。主な作品にジャポニスム2018エッフェル塔特別ライトアップ、ポンピドーセンター・メッス、バルセロナ見本市会場、「ラ・セーヌ日本の光のメッセージ」、トゥール大聖堂付属修道院、イブ・サンローラン美術館マラケシュ、リヨン光の祭典、銀座・歌舞伎座京都、等。都市、建築、インテリア、イベント、展覧会、舞台照明までをこなす。フランス照明デザイナー協会正会員。国際照明デザイナー協会正会員。著書『アイコニック・ライト』(求龍堂)、『都市と光〜照らされたパリ』(水曜社)、『光に魅せられた私の仕事〜ノートル・ダム ライトアップ プロジェクト』(講談社)。2015年フランス照明デザイナー協会照明デザイン大賞、2009年トロフィー・ルミヴィル、北米照明学会デザイン賞等多数受賞。