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滞仏日記「フランスはなぜ消費税20%なのか」 Posted on 2019/09/27 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、行きつけのバーは官庁街にあるからか、フランス政府関係の役人の出入りも多い。今日、いつものように夕飯の買い物のあと、カウンターで飲んでると市役所で広報の仕事をしている常連客のケビンがやって来た。シラク大統領が亡くなったので、さっきまでバタバタしていた、とのことだった。
「そういえば、日本は今、消費税の引き上げ前で大変だね。3%から5%に引きあがった時の日本国民の怒りについての記事、何年か前に読んだことがある。普段、デモさえやらない日本人が消費税に対してあそこまで感情を表すのが不思議だった。でも、今度は10%だよね。どういうことになるのか関心があるんだ」
不意に消費税の話になったので、ぼくは即答できなかった。そもそも、専門的な話しなので、うかつに答えられない。単語が難しいので、携帯の辞書を使って調べながらのやりとりとなった。というのか、聞き手に回るしかなかった。言いたいことはあったけど、ぼくのフランス語力では伝えられない。
「なんでフランス人は消費税が20%になった時に、暴動を起こさなかったの? だってさ、いつも君らはデモばっかり。黄色いベスト運動だって、ガソリン税がきっかけでしょ?」
ケビンは、もちろん安い方がいいけどさ、でも、と言った。
「ぼくらは1954年から消費税を導入している。実は、フランスが消費税を世界ではじめて導入した。当時の大蔵省官僚のモーリス・ロレが考案したんだ」
「なんで消費税を導入したの?」
「ものやサービスってみんなが利用するだろ、その付加価値に着目して、そこから徴収した方が早いと思ったんじゃないの? 人間は毎日お金を使う、その使ったお金に税をかければ、広く全体から徴収できる」
「それじゃ、貧しい人は損するだろ?」
「フランスの場合、軽減税が広範囲に適応されていて、基本は消費税20%だけど、ものによっては、5%のものも、2%のものある。たとえば、バケットは日本人の米みたいなものだから、5%だけど、サンドイッチはちょっと贅沢品だから10%」
「マジか。知らなかった・・・」
「ホワイトチョコレートは贅沢品扱いで20%だけど、ビターチョコは家で作るお菓子とかに多用されるから10%。こんな風に、フランスの消費税は20%が基本だけど、日常生活を助けるため、日常品は軽減の対象にされていて、その範囲はぼくらも覚えられないくらい細分化されている」
「へ~」

滞仏日記「フランスはなぜ消費税20%なのか」



ケビンはフランス以外の国の消費税率について説明をしはじめた。デンマーク、ノルウエ―、スエーデンなどの北欧は消費税25%だった。中国も17%、イタリアは22%、・・・。
「先進国で一番消費税の少ないのは日本だ。辻、お前、どう思う? なんで、日本人は怒るのか、俺たちは知りたい」
「国民からすると税は少ない方がいい。だって、生活を直撃するだろ。消費が減ると経済も回らなくなる。それと、そうだ。メニューの表記の仕方が日仏では違ってる。フランスは税込みの金額が載っていて、日本だと税抜きの金額が載っていることが多くて、レジで、え、めっちゃ高いじゃんってなる。そうか、だから、フランスのバケットとサンドイッチの税率の違いに気が付かなかったんだ。フランスは消費税込みの値段で表示されてる!」
「それだ。それはある。消費者心理というやつだな」
「それにしても、なんでデモ好きのフランス人は20%を受け入れたのかな?」
「高いとは思うけど、北欧とかの方がもっと高いし、彼らは「ゆりかごから墓場まで」の恩恵を受けている。フランスは実に消費税で国の税収の半分を集めている。お金がないと国はなりたたないので、みんなで支えている。でも、消費税はすでに料金の中に含まれて表示されているから、それで、税を自然に生活の中で受け入れることが出来ているのかもしれんな」
「・・・・(ぼくは日本のレストランで支払いをする時のことを思い出していた)」
「しかし、だ。たとえば、俺がガンになると国がかかる費用、入院代、手術代を持ってくれる。ほんとだ。病院へ行くタクシー代まで補償される。広い意味で国に財源があるから、出来ることかもしれない。俺の弟がガンになった時、やつは病院までタクシーで通っていた。ガンにかかってお金の工面で右往左往することはない。病に勝つことだけに専念できる」
「マジか。でも、いや日本だって、10%にあがれば、子育て、教育や社会保障に使われることになっているはずだけど・・・」
「たぶん、そうだろう。でも、20%になればもっと生活そのものが変わるんじゃないのか?」
「今の日本では受け入れられない数字だと思う」
「なんでだ?」
「う~ん、なんでかな」
ケビンが笑った。
「日本の政治家は選挙に勝つことを優先する。みんなで目先のことに反対して、その本質の議論があまりされてないからじゃないか?その結果、財源が確保できない。それでいいという考えなんだから、俺たちがどうのこうの言うことじゃない。欧州の人間は最大で25%も消費税を払って、でも、贅沢品からはたくさん取り立て、生活必需品は低い税率にし、ガンになれば国が払い、社会保障も安定している。割とうまくやってきている。そういうことで国会では毎回軽減税について議題が上がっている。たとえば、おむつの消費税は今10%なんだけど、これを5%に下げようという議論が続いている。老人も赤ん坊も必要なものだからだよ。贅沢品には高い税金を、たとえば、世界三大珍味のフォアグラ、トリュフ、キャビアのうち、キャビアだけは20%だ。なぜだと思う?」
「フランス産じゃないからか・・・」
「その通り。それがフランスのやり方なんだよ。文化を盛り上げるために演劇鑑賞とかはめっちゃ消費税が低いんだ。それがフランスのやり方」
夕飯を作らないとならないのでお会計をした。
「勉強になった。たまにはおごらせてくれ」
ギャルソンがレシートを持ってやってきた。ケビンが頼んだ酒代も一緒だった。TVAというのが消費税である。けれども、レシートには30ユーロと記載されていた。このうち、消費税は20%だったが、言われてみると、そこにはじめて目が行ったかもしれない。全て込みの値段でメニューには記載されているので、払う側は消費税を意識して支払うことがない。騙されているのか、得をしているのか、帰ってから考えることにした。

滞仏日記「フランスはなぜ消費税20%なのか」