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滞仏日記「不屈でいけ」 Posted on 2019/02/03 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、なぜ人は挫けるのかといえば、それは自分に負けるからだろう。僕が挫ける時はいつも自分に負ける時で、他人にやられた時ではない。他人が何を言おうと気にすることはない。人間にはいろいろな意見があるし、そもそも、いろいろな人間がいる。鬼かと思うようなことを平気でするような人も数えられないくらいこの世には存在する。(いったいこの世に何千発の核弾頭があるというのだ! 地球は何回絶滅すればいいのか)人間と言う言葉を通して一つのイメージを持ってはならない。フランス人、ロシア人、アメリカ人、という言葉で彼らを見てはならないのと一緒だ。殺人者もいれば、虫も殺せないような人もいる。そういうことを分かった上で、他人が全て正しいことはありえないという前提に立つ。ならば他人が何を言っても気にすることはない。思い当たるなら耳を傾ければいいし、思い当たらなければ無視でいい。僕はそうしてきたし、いちいち周りの言葉で傷ついたり喜んだりすることじゃない。じゃあ、なぜ僕は挫けるのかというと、それは自分に負けるからだ。人が言った悪口を正面で受け止めるからである。飛んできた火の粉を掌で受け止める者はいない。自分に負けるということはそういうこと。自分がひよるから他人の言葉がなだれ込んできて、自分を苦しくさせていく。結局、それは自分がその言葉に押しやられて負けたからに過ぎない。意味もなく人を殴りつけるように人を批判するのが趣味な人はいくらでもいる。その言葉を真に受けて挫けてしまうことくらい愚かなことはないだろう。それを僕は自分に負けると呼んでいる。その連中に負けるのじゃない。自分に挫けていくのだ。

不屈という言葉がある。あらゆる困難が火の粉のように降って来ても、自分の意志を貫いて、その火の粉を払いのける心意気や突き進む姿勢のことを指す。僕はずっとこの言葉を自分に言い聞かせて生きてきた。不撓不屈であれ、と呟く時、それは自分に負けるな、ということを意味していた。簡単なことのようだが、これが実は一番難しい。その時に誰も正解を教えてくれない。自分の中にしか正解がないのだから、自分を信じる力でもある。僕は表現の道に入ってからずっと「不屈」に生きてきた。きっと、これからもそれを続ける。それは単純な理由からだ。

人間は自分に負けなければ挫けることはない。

さて、今日、ある人に「辻さんはいろんなことをやる。そこがダメなんですよ。あの頃ECHOESだけやってたら一番になれたのに」と言われた。一番になれたかどうか分からないけど、もっと大きな会場で出来たかもしれない。これはきっとみんなが思っていることだということはよく知っている。だから僕はどの世界でも外様でしかない。小説には小説の村があるので、映画には映画の村があるように。僕のような何でも屋はそこには属せないし、属さない。そういう世論にいちいち反論するつもりもないけれど、心の中で呟くことがある。「自分のかわりはいない。僕は今、評価されたいとも思ってない。一番を目指すこともない。僕は初期衝動を信じてやっている。半世紀もこういう方法で生きてきた。死ぬまでやり切って死ぬ。自分がやりたいと思ったところへ突き進む。今更、自分の道を変えたいとは思わない。それだけだ」だから、僕は自分を信じて不屈に続けてるのだろう。僕は今後もこのような活動を続けていく。命のある限り。いろいろと人は言うだろう。泡のようい湧いて、泡のように消えていくのが世論だ。「辻さん、あなたはおとなしく小説だけ書き続けていればベストセラー作家でい続けられたのに」

あのね、そうなったら僕が僕じゃなくなる。
 

滞仏日記「不屈でいけ」