JINSEI STORIES

滞仏日記「パリの古本屋で、小説万歳!」  Posted on 2019/03/16 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、僕は古本屋が好きで、時間を見つけては巡っている。日本だと神保町と吉祥寺に行きつけの古本屋があった。ここパリで、掘り出し物の古い本を見つけては、小さな感動に浸っている。最初に買った古本は忘れもしない、芹沢光治良の「La fin du Samurai」だった。この人の「巴里に死す」が好きだったので買ったけど読んでない、というのかフランス語の能力のせいで読めないでいる。でも、適当に捲って言葉を眺めたり、声に出してみたりはしている。このフランス語タイトルから察すると「サムライの末裔」のことじゃないか、と想像している。広島に投下された原爆とその被爆者の話であったと記憶しているけど、・・読めないのでわからない。無念である。
 

滞仏日記「パリの古本屋で、小説万歳!」 

今日、行きつけの古本屋に依頼しておいた自分の本を受け取りに行く。フランスで出版されている僕の本の中から「白仏」「旅人の木」「海峡の光」そして「ダリア」の4冊を各10冊ずつ買った。日本は単行本を出しても数年で、というか文庫だって売れなければすぐ絶版になる。フランスはその点、滅多にならない。ダリア以外は20年ほど前の出版物だが、いまだに買うことが出来る。アマゾンだと一日で取り寄せられるが、僕は古本屋で買ってる。なぜこの古本屋で買うようになったのかと言えば、面白いエピソードがある。ある日、僕が古本屋で本を眺めていると、年配のご主人に声をかけられた。僕の片言のフランス語を聞いて彼女は訝った。「あ、僕は日本の作家だから、その、読めないけど、古書が好きなんですよ」と言ったら、僕の名前を知りたいというので教えた。ほお、という顔をされた。それから一月後かな、再びそこを訪ねると、僕の本がウインドーに飾られてあった。PHEBUSという出版社から出た「PianissimoPianissimo」であった。(日本だと文春から出ている「ピアニシモ・ピアニシモ」)僕は嬉しかったのでご主人に「ここは新刊も扱うの?」と訊いた。するとマダムは「取り寄せたのよ、好きな作家は新刊も扱う」と笑顔で断言した。「だから、本を買うなら、こういう潰れそうな小さな、しかもおばあちゃんがやってる店で買いなさいね」と彼女はニコニコしながら付け足した。「もちろん」と僕は約束したので、その後、自分の本は彼女が経営する古本屋で購入するようにしている。「あなたが今は一番の顧客よ」とマダムは嬉しそうに言った。今日自分の本のために350ユーロ(約4万円)を支払った。本当は375ユーロだったが、「作家特別価格」と言って、25ユーロもまけてくれたのである。
 

滞仏日記「パリの古本屋で、小説万歳!」 

滞仏日記「パリの古本屋で、小説万歳!」 

「でも、この店も長くはないかも。そのうちにフランスからこういう書店は消えてなくなるのよ。日本もそうでしょ? もう誰も本を読まなくなった」僕は黙った。僕は小説が好きだし、本の匂いや手触りが好きだ。窓辺の光りの下で本と向かいあうことが好きだ。書店が好きだ。もちろん大型書店にもよく行くけど、こういう小さな本屋さん巡りもする。本がこの世界からなくなることはないにしても、減っていくのは寂しい。デジタルでの出版はせずにきた。書店を守るため、と勝手に自分に言い聞かせて、認めてこなかった。でも、こうも本が動かなくなると生きるためにはデジタル出版も考えなきゃならないのかなぁ・・・。マダムの顔を見つめることが出来ずに、逸らした。この悲しい気持ちをどうしていいのか、僕にはわからない。実はこの広い地球には、小説のない世界も結構あるのだ。小説とは無縁で生きる人たちやそういう世界がそこかしこにある。逆に、こうやって小説を愛してくれている人たちというのは地球規模で考えると実はそんなに多くはないのかも・・・。この世界から本が消えていく。こういう古本屋は、そこに知的な人類がいたことを物語る化石美術館なのかもしれない。僕はマダムの腕を掴んで、「また、近々、買いに来ますね」と小さく微笑んでからそこを後にした。小説、万歳。
 

滞仏日記「パリの古本屋で、小説万歳!」