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滞仏日記「フランスの教育費」 Posted on 2018/12/11 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、フランスの高校の教育システムが大幅に変更される。その説明会が息子の学校で行われた。子供たちと親が一緒に説明会に参加するというこれまでにない珍しいスタイルだった。それほど重要な教育改革なのであろう。親は子供の横に着席しなければならない。広い講堂の一番前に息子を見つけた。白人の中にぽつんと一人日本人がいる。彼が生まれた頃から抱え続けてきたこの国での立場というものを見せつけられた。僕は時々、息子がどういう気持ちでこの国で生きてきたのか、その立場を想像する。皮膚の色が違う日本人の親を持つこの子はフランス人社会の中で違和感を覚えることが多かったはずだ。日本語とフランス語と両方を抱えて生きてきた息子は小学校に上がる直前まで言葉を発しなかった。頭の中で二つの言語がぶつかり合っていた。当時の担任が言葉を発しない息子を心配した。しかし、小学校に上がった直後のある日、彼は突然フランス語を物凄い勢いでしゃべりはじめた。二つの言語のすみわけが完了した瞬間、フランスと日本が彼の中で分離した日でもあった。息子はYouTubeで祖国日本のことを勉強しはじめた。今も日本の歴史や文化を学んでいる。彼の日本愛は驚くほどだ。そんな息子の中にある日本をきちんと形にさせるために僕は息子を毎年夏に長期間日本に連れて戻る。(離婚の後、日本に戻ることも考えたが、中学生までフランス語の教育を受けさせてきた彼の場所を変えることは不可能だった)日本の学校に短期留学させたこともある。それでも彼はフランス語の中で生き続けてきた。彼の外見は日本人でも中身はフランス人なのである。講堂を埋め尽くすフランス人の親子を見回す時、そこに彼のアイディンティティがあることを親として理解する必要があった。

ジレ・ジョーヌ(黄色いベストの人たち)で荒れるフランスだが、昨夜、マクロン大統領は彼らに対して大幅な譲歩を行った。最低賃金のアップ(毎月100ユーロも増える!)など四つの項目の譲歩を提案し、自身の発言が国民を傷つけたと謝った。フランスのテレビはどのチャンネルもこれについての討論会。なぜマクロンばかりが叩かれるのだ、という意見もあったが、フランス人はこの若い指導者をどうやら嫌っている。ガソリン税の値上げの本質には財政面の問題だけではなくパリ協定のことなどが複雑に入り組んでいるので、個人的には現政権がやっていることが全て間違いだと思わない。個人的にはお金で解決するしかなかったのかな、と残念な気持ちになった。パリ協定を離脱したアメリカの大統領が鼻で笑った。地球の温暖化は進むかもしれない。背に腹は代えられないということか。

フランスの学費は大学卒業まで基本タダである。もちろん、給食費などは払わないとならないが学費に関しては無料だ。日本の私立大学に通った場合の親の負担を思うと天国のようなシステムではないか。そもそもフランスはほとんどの大学を国が運営しており学費がかからない。幼稚園からずっとかからない。しかも、親の収入によって、その給食費も様々だ。最低賃金で働く親の子供も大会社の社長の息子も同じ給食を食べているが、実は給食費は親の収入に合わせて何段階にも分かれている。一番貧しい家庭の場合、お金がほとんどかからない。国の財産である子供にお金がかからないフランスのこの姿勢は素晴らしいと思う。日本に戻る度に「子供の貧困」という言葉が聞こえてくる。経済大国なのに、日本は子供のためにどれだけの支援をしているのだろう。先日、福岡の民間が運営する「子供食堂」を取材した。夕食を食べることが出来ない子供が国中にいると知って、僕は衝撃を覚えた。僕の時代には考えられない現実であった。

滞仏日記「フランスの教育費」