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滞仏日記「パリの子供革命」 Posted on 2018/12/13 辻 仁成 作家 パリ

滞仏日記「パリの子供革命」

某月某日、大きな仕事が終わったので、息子と夕食を食べた後、近所のバーに一人で一杯飲みに出かける。
パリにはいわゆる日本的なバーがほとんどない。
そもそもカフェとバーとレストランの区別があまりはっきりしていない。
東京だと、レストランと喫茶店とバーは別のもので、どの街にも気の利いたバーが必ずある。
フランスの場合、いわゆる純粋なバーというとグランドホテル(こちらでパラスホテルと呼ぶ)に併設されたイギリス風の本格的バーになる。
パリ中心部だとホテル・リッツの「バー・ヘミングウェイ」だとか、その隣のウエストミンスターホテルの「デュークス・バー」あたりか。
ちなみに滅多に行かないけれど個人的に一番好きなパリのバーはホテル・サン・ジェームスの中にある「ル・バー・ビブリオテック」かな。
天井が高くてその片面がすべて本棚になっている。
日本からお客さんが来たらホテルのバーに飲みに行くけど、そのためだけに毎晩飲みには出られないので普段は近所のカフェバーに陣取る。
実際、それで十分である。



フランスの場合、バーテンダーのことをバーマンと呼ぶ。
日本やイギリスのようなかっこういいバーマンはあまりいないし、正直洗練されてもいないけれど、でも、フランス的な場末感は結構様になる。
今日は行きつけのバーで隣の常連客と仲良くなり、世間話をした。
こういう店で聞こえてくる庶民の話こそ、実はフランス人の本音だったりする。
彼らと交わす濃度の濃いアルコールが美味い。
酔いたいので飲みに出る時はうんちくを語らず、浮世を忘れられるような強い酒ばかり注文する。
一族が九州なので酒だけは負けたことがない。
博多祇園山笠の強者たちを酒で沈めたことがある。
多分、肝臓が人一倍強いのだと思う。
別に自慢できることじゃないけれど、一年365日、飲まない日は一日もないし、逆に酒に飲まれることも絶対ない。
なので、バーマンたちの受けもいい。

地球カレッジ

滞仏日記「パリの子供革命」

 
家に帰ると息子が勉強をしていた。
この子は親がガミガミ言わなくてもちゃんと勉強をやるし、まじめでいい子だ。
逆を言えばそこがちょっと心配にもなる。
もっと不良でもいいのにと思うのだけど、それも親が言うことじゃないので、ほっておく。
ちなみに、不良中年の僕は酒を飲んだ後も普通に仕事をする。
ちなみにこの日記は先ほどの行きつけのバーでカクテルを数杯ひっかけた後に書いている。
そこに息子が珍しくやって来て、ヴィンテージ・トランというアジア系ユーチューバーによるジレ・ジョーヌの取材映像を見せられた。
機動隊とジレ・ジョーヌがぶつかっている大通りでの身体を張った生々しい映像であった。
デモの鎮圧のために装甲車が何台も出動しており、まるでパレスティナを思わせるような戦争に近い状態だった。
息子と僕はフランスの未来について話し合った。
彼は14歳だけれど、この国の子供たちはそのくらいの年齢から政治や経済などに強い関心を示す。
もちろん親や教師の受け売りなんだろうけど、でも、意見を持つことは悪いことじゃない。



そういえば息子が9才の頃のことだが、給食担当が差別主義者で白人系以外の子供たちに食事を少なく盛るなど差別を繰り返した。
息子たち2,3人が立ち上がり校庭でデモを始めた。
最初は小さな運動だったが、一月後、それは数十人規模に膨らんで、ついに校長先生が乗り出してきた。
息子とその友人たちが給食係の差別を校長に訴え、ついにその人は解雇されることになる。
これには本当に驚かされた。
大の大人がその愚かな行動ゆえに9才の子供たちに職を追われるだなんて、・・・。
ジレ・ジョーヌの抗議行動がマクロン政権にとってただごとではないことを意味している。
子供たちでさえこのような強い行動を起こす。
さすが革命で自由を勝ち取った国だな、と思った。
 

滞仏日記「パリの子供革命」

 

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