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父子旅「北のヴェニス、ブルージュ幻想」 Posted on 2018/01/17 辻 仁成 作家 パリ

 
バカンスの時期になると息子君が「どこ行く? バカンス」と必ず聞いてきます。
「どこ行こうか? もう行ったことない場所探す方がたいへんだ」とパパ。

そんな2人がこの冬のバカンスに選んだのはベルギー王国の北の街、ブルージュでした。

「ブルージュはどうだい?」
「ブルージュ? 綺麗な街だよね、運河の」
「よく、知ってるね」
「うん、あそこは津波で出来た街なんだよ」
「津波? なんか歴史がありそうだな」

ということで息子の蘊蓄を裏付けるために、私たち父子はブルージュを目指すことになります。
 

父子旅「北のヴェニス、ブルージュ幻想」

 
パリから車で4時間程度、電車や飛行機を乗り継ぐ必要もなく、フランス国内旅行並みの気楽さで行けるのも魅力。
ブルージュといえば絵に描いたような美しい街並みで有名な運河の街です。

さあ、今回の父子の旅、いったいどんな出会いと発見があるでしょう。
パリから高速道路A1をまっすぐ、ひたすらまっすぐ北上するとブルージュに着きます。
陸続きなのに国境を超えると看板の文字が変わり、広がる景色が変わり、当然、国が変わるのです。
 

父子旅「北のヴェニス、ブルージュ幻想」

 
いつもホテルなので、今回は生まれてはじめて話題のAirbnbを利用することになりました。
希望物件は、「旧市街地にあり、徒歩で全て見て回ることができるロケーション。一軒家か館のような広々とした建物、もちろん、ベッドも大きいのが二つあり、自炊も可能なところ。駐車場付きで、できれば一泊200ユーロ以内」という内容です。

あるかな?
ネットで探したら、旧市街にいい物件を見つけました。
5分ほど歩けば中心部マルクト広場に行けます。
ばっちりじゃない、と息子君。

「パパ、ブルージュって城壁に囲まれていてかわいい街だね。どこか函館に似てるんじゃない?」
「函館に城壁はないけど、でも、確かに建物や石畳みの路地がそっくりだ」
 

父子旅「北のヴェニス、ブルージュ幻想」



父子旅「北のヴェニス、ブルージュ幻想」

 
城塞を潜り抜けると中世にタイムトリップしてしまったかのようなブルージュ。
城壁の中にも運河がくねくね流れており、「北のヴェニス」と称されだけあって、なんとも絵画のような美しさが広がっております。
2人はすっかりカメラ小僧になってしまいました。

「どこをとっても絵になるね。ぼく映画を作りたい」
「いいね、ここで映画作ったらみんな観たいと思うに違いない」

息子君の想像力に火を点けたようです。普段は写真撮ってとは言わない子ですが、珍しく写真撮影大会になってしまいました。
パリ生まれの息子を興奮させるくらい絵になる場所なのですよ。
 

父子旅「北のヴェニス、ブルージュ幻想」

 
「ここに津波? 海から10Km以上も離れてるのに?」
「うん、そうだよ。大昔にめっちゃくちゃ大きい津波が押し寄せたんだよ」

ブルージュは12世紀に起こった大津波によって生まれたのだ、と息子が力説しました。
その際にできた溝を当時のフランドル伯爵が運河にしたのです。伯爵は街と北海沿岸を繋ぐ水路を整備させたのです。
そうして北の交易の玄関口となったブルージュは、金融、貿易の一大拠点と発展し、15世紀、ヨーロッパ一の国際商業都市として栄えました。
その成功、そして自由と権力の象徴として建てられたのが、マルクト広場に聳え立つ鐘楼です。
 

父子旅「北のヴェニス、ブルージュ幻想」

 
封建時代に商業で富を得た中世フラマン人の手によって建てられ、資本主義のシンボルとなりました。
鐘楼は47個のカリヨン(組み鐘)で成り立ち、15分ごとに時を告げます。

「ほら、この鐘だよ」
「かわいい音だね」
「見て、馬車だ」

観光客をのせた馬車が次から次に目の前を横切って行きます。まるでタイムスリップをしたような不思議な気分になります。
馬の蹄が石畳みを叩く後の合間を縫うように鐘楼の鐘が時を知らせるのです。
なんて、優雅な世界なのでしょう。
私たちは中世の騎士になったのでした。えいや~。
 

父子旅「北のヴェニス、ブルージュ幻想」



父子旅「北のヴェニス、ブルージュ幻想」

 
16世紀以降、経済都市としては衰退してしまうものの、ヨーロッパ最古とも言われる赤煉瓦を用いた美しい中世の街並みは世界遺産にも指定され、今ではヨーロッパ有数の観光都市として人気を集めています。
 
「ムッシュ辻、今日、市場が立ちますよ。2人で観に行ってらっしゃい」

大家さんに教えられ出かけると広場に市場が出ていました。
大型トラックを改良した移動型店舗がずらり。正直、これはパリのマルシェに比べ味気無さすぎでした(笑)。
このような市場ですが、なんと、千年以上もの歴史があるのだとか……。
 

父子旅「北のヴェニス、ブルージュ幻想」



父子旅「北のヴェニス、ブルージュ幻想」

 

※この日はマルクト広場にクリスマス市がでていたので市場は隣のブルグ広場に。

 
お腹がすいたので2人でドイツ風のホットドッグを買って食べました。
「美味しい!」
カレーケチャップというのがあって、それを選んだのだけど、ドイツのカリーブーストに負けない出来栄えでした。

食文化はどちらかというとフランスよりもオランダやドイツに近い印象があります。
公用語はフランス語とオランダ語。北半分のフランダース地方はオランダ語がメインなのだそうです。
でも、さすが観光地、ドイツ語も英語も飛び交っていましたよ。
日本のように一か国語しかない国というのは欧州では少なく、多くの人が複数言語を喋ります。
征服されたり征服したり、欧州の長い歴史が今も人々や文化や政治に影響を与えているような気がします。

「あの高い鐘楼は権力の象徴だね」

息子がフランス語で呟きました。
14歳になった息子君も欧州生まれですからね、彼が呟く一言の重みを父はマルクト広場で静かに受け止めておりました。

「今夜は牛肉のビール煮込みを食べに行こうか?」
「いいね、食べたいな」
 

父子旅「北のヴェニス、ブルージュ幻想」

 
父子の旅はまだまだ続きますよ。