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父子旅「ブタペストの風」 Posted on 2018/05/05 辻 仁成 作家 パリ

 
旅をする醍醐味とは、まず、なんといっても見知らぬ土地へ出かけていくことにこそある。
そこにいったい何があるのか、まず、未踏の地を想像することからが楽しい。
今回、私たちが選んだのはハンガリー、その首都、ブタペストである。
昔、世界史で習った「ハンガリー帝国」くらいしか私には知識がない。
ハンガリーについて、私たちはいったいどれほどのことを知っているだろう。

ハンガリーの言語ってどんな?
「ありがとう」はハンガリー語でなんという?
ハンガリー人はどういうものを食べる?
有名なのはグーラッシュ(牛肉のパプリカ煮)だが、他には?

そもそもハンガリー人の知り合いがいない。
ブタペストって、どんな街だろう。
 

父子旅「ブタペストの風」

 
このようなことを息子と話し合い、私たちはブタペスト行きの旅客機に乗った。
未知の世界を想像するのは楽しい。
飛行機の窓から見下ろすハンガリーの景色が父子の心を鷲掴みにする。
14才の息子はすでにその若さで私とともに世界中を旅してきた。
私が元気なうちにもっと多くの国を一緒に旅したい。
高校生になったら、きっともう一緒に旅に出たりしてくれないのではないか……。
となると、あと、1年という期間限定の父子旅になる。
空港に到着し、飛行機を降りた。
誘導する空港職員が一番最初のハンガリー人となった。
ラッキーなことに彼は笑顔で、よい旅を、と出口を指示しながら言った。
すたすたと歩く我が息子の背中を見ながら、父の心は複雑だ。
 

父子旅「ブタペストの風」

 
空港の両替でとりあえず100ユーロだけ両替することにした。
ハンガリーはEUの一員だが、英国と同じように独自の通貨(フォリント)を使用している。
1ユーロが約310フォリントになる。
NYスタイルのイエローキャブでホテルへと向かった。
目に飛び込んでくる風景はどこか懐かしい。
息子が「街の佇まいは、どこかローマに似てるし、ウイーンにも似てる。モスクワを思わせるところもあるし、パリよりはスペインとか、どっちかというとラテンっぽい感じかな」と言った。
その観察眼に、へぇ、と驚く父であった。
 

父子旅「ブタペストの風」

父子旅「ブタペストの風」

 
ハンガリーは第二次世界大戦直後から1989年までソヴィエトの支配下にあった。
東欧のど真ん中に位置するせいで、西側と東側の歴史的影響を強く受けているし、ドイツ、北欧ばかりか、アラブやイスラエルとも近いので南北との交流もある。
ユダヤ人が多いなという印象、同時に、黒人は少ない。アラブ人は結構いるが、アフリカ系黒人は滞在中に二人しか目撃しなかった。
経済的には豊かな国ではないが、人間はどうなのだろう?
ホテルの人間は冷たく、そっけない。冗談を言ったがまるで受けない。

「パパ、そりゃハンガリー人におやじギャグなんか通じるものか」と息子に窘められた。
 

父子旅「ブタペストの風」

 
でも、次第にハンガリー人のやさしさ、純朴さに気が付いていく。
パリでは絶対に止まってくれない車だが、ブタペストでは驚くほどに私たちの目の前で停車し、渡り切るまで待ってくれた。
その紳士さに感動を覚えたのは私だけだろうか。
「パリジャンの百倍、紳士だな」と私が告げると、パリジャンの息子は肩を竦めてみせた。
ユーモアはないけれど実直なのである。
そして豊かではないけれど、彼らは強い民族の誇りを持っている。
ハンガリーという国のイメージとそこで暮らす人たちがなんとなくシンクロした瞬間でもあった。
 

父子旅「ブタペストの風」

 
ハンガリーの家庭料理は「グーラッシュ」を生んだ国だけあって煮込み系料理が多い。
グーラッシュはもちろんパプリカのチキン煮はどこのレストランにもあった。
まず、必ずスープからはじまり、メイン、そしてデザートにサワークリームのかかったリコッタチーズのぼそぼそしたケーキを食べる。
海がないので魚料理はほぼない。(鯉を食べるという情報を得たが確認できなかった)
とにかく、この国が世界で一番パプリカを消費するのは間違いなさそうだ。
あらゆる料理にパプリカが使われているし、食堂のテーブルには塩や胡椒と一緒にパプリカの小瓶が置いてある。
家族連れのテーブルには大瓶パプリカがでんと置かれてあった。
韓国でも同じような光景を見たことがあったなぁ、コチジャンだったけれど。
 

父子旅「ブタペストの風」

 
ドナウ川を遊覧船で周遊し、川沿いの歴史的建造物についての日本語のガイドに耳を傾けた。
遊覧船は1時間ちょっとの遊覧に料金3900フォリント(約13ユーロ)。
ビールやスパークリングワインなど好きな飲み物一つと最後にレモネードがついてくる。
セーヌ川の遊覧とどうしても比較したくなるが、歴史や雰囲気は負けてない。
いや、ドナウの流れの逞しさ、そしてこの川はドイツ、オーストリア、スロバキア、ルーマニア……と幾つもの国を通過して流れているだけあって、欧州の大動脈的な役割があり、しかも圧倒的に凛々しい。
欧州で二番目に大きいというハンガリーの国会議事堂の美しさにため息が零れた。
 

父子旅「ブタペストの風」

 
ドナウを挟んで、市街地側がペスト地区、そして宮殿のある側がブダ地区である。
息子と自由橋の袂にあるビッグマーケット(ブダペスト中央市場)に足を運んだ。
市場に行けばその国のことが、民族が、歴史が、食べ物がよくわかる。
まあ、およそ、これほど巨大な市場を私たちは他に知らない。
ガラクタから財宝まで、ありとあらゆるものがここでは売られている。
私はハンガリーの国宝と呼ばれるマンガリッツァ豚のソーセージを探した。
数えきれない肉屋があるので、いきあたりばったりはよくない。
人のよさそうなおばあちゃんと目が合ったので、マダムキラーの実力を試すことにした。
こういう時に一番大事なのは笑顔だ。笑顔は世界共通の優良言語なのである。
おばあちゃんは「一番突き当りの右側にある肉屋がおすすめよ」とウインクをしてくれた。
買って帰って、息子とホテルの部屋で試食することにした。
 

父子旅「ブタペストの風」

父子旅「ブタペストの風」

 
ブダペストは想像以上の観光地で、ローマやマドリッドに比べればずっと安全。
しかも物価が安い。だからか、フランス人観光客ばかりであった。
携帯のヘルスアプリによると、私は連日、2万歩程度を歩いていた。
いろいろと歩き回った首都ブタペストの中で私がもっとも気に入ったのがドブ通りとカシンツィ通りが交差した辺りに点在する野外カフェが密集する一帯だ。
この辺りはユダヤ人街とも重なり、パリのマレ地区にどこか雰囲気が似ている。
コペンハーゲンや欧州の各地にもこの野外カフェがあるけれど、ここが一番落ち着く。
流れる風が心地よい。
MIKAガーデンもKOLEVESカフェも混雑していないのに、広々としていて、とにかく静かな時間が流れており、心を癒された。
少し暖かかったので、私は白ビールを、息子はジンジャーエールを注文した。
二人は黙ったまま小一時間、そこを流れる風を見つめながら静かに過ごした。

どこからかCCRの「雨を見たかい」が流れていた。私が高校生の頃のヒット曲だ。
「パパ、この曲、カッコいいね」と息子が言った。
なんだか、自分が褒められたような気持ちになって嬉しくなった。
覚えたてのハンガリー語で「カッサナム(ありがとう)」と空に向かって呟いてみた。
 

父子旅「ブタペストの風」

父子旅「ブタペストの風」