パリ中心部に広がるレアール地区で知り合いのトランペット奏者 TOKUがライブをやるというので出かけた。若い頃、よくレアール界隈に滞在したのでその変貌ぶりにまず驚いた。セーヌ河畔のシャトレより少し北側、マレ地区の西、だいたいポンピドゥーセンター周辺のちょっと治安のよくない地区にレアールがある。けれども、昔からかっこいいカフェやビストロが犇めいていた。しかし、今はどこもかしこもジャズクラブ！
 

 
TOKUがライブをやるライブカフェ（通りに面したテラス席がカフェで、一階がバー、上にあがるとライブハウス）、ル・ベゼ・サレの周囲もジャズクラブだらけで、どこを見渡してもジャズ、ジャズの看板だらけ。どこかカサブランカとかマラケシュを彷彿とさせる通りの雰囲気、確かにジャズのけだるい気配が似合っている。パリはそれほど大きな都市ではないけれど、でも、いろいろな顔を持っている。大きく左岸と右岸で真っ二つに空気が異なる。左岸の落ち着いた歴史ある住宅地、右岸はもっと文化的というのか多様性に満ちており、新しいものが入れ替わって流行を作る場所。それでも、パリはパリだから古い歴史的な香りも残されていて、この微妙な混ざり具合がマレ、バスティーユ、レアール地区あたりにぎゅっと凝縮されている。

あんまりぐずぐずできない危険な香りを漂わせる地区だから小走りで急ぎ目的のライブカフェに飛び込んだ。
 

 
テラス席は満席、ギャルソンが飛び回っている。午後9時半。ちょっと日本人だと気後れするような猥雑なテラス席を掻き分けバーに入る。そもそも、こんなところにライブハウスがあるの？　一階はカウンターバーになっていて、カップルたちが愛を囁いている。ライブハウスへの入り口はそのどんつきにあった。人一人がやっと登れる狭い階段の手前に若いもぎりが立っていて、券売していた。

「ここ？　今日、日本人がゲストで出るでしょ？」
「ええ、そうよ、観る？」

チケットを買って階段を上がると小さなライブハウスが出現した。超狭いのにびっしりと椅子が並んでいて、すでにほぼ満席。その椅子の配置が日本人からすると微妙。正面を向いた椅子と椅子の間に横を向いた椅子があって、つまり、そこにも人が押し込まれるという物凄い建蔽率。消防法はどうした！？

開演時間を45分過ぎてようやくライブが始まり、まるで難民船のようなぎゅうぎゅう詰めのお客さんの中で私は眩暈を覚えながらジャズを聴くはめになった。その上、TOKUからラインが入り、前のライブが押してまだメトロで移動中。というのかリハーサルもやってないのだという。なんだって！　その時点で開演からすでに一時間が過ぎていた。フランス人のジャズファンというのは年齢層が幅広く、老若男女肌の色国籍人種問わず様々だ。ジャズが好きだという共通点だけでこれだけ幅広い人たちが集まっている。
アメリカ人とフランス人の混合バンドが渋いジャズを演奏していた。バンマスのドラマーが、TOKUが日本から今やっと到着しました、とアナウンスし、客席後方を指さした。野武士のような恰好のTOKUが人を掻き分けながら登場すると、客席がどよめいた。

「おい、あれ、日本人かよ？」「まじ？」「あんな日本人みたことない」

確かに、私も初対面の時、この人純粋な日本人なの？　アルジェリア人？ もしくはポルトガル系かな、と思った。出身は新潟の三条、両親とも生粋の日本人だという。言われてみればこういう日本人もいたかもね、歴史上に（笑）。
 

 
日本人らしくないのは外見や顔だけじゃない。舞台にあがるなり、でかい態度で自分よりも年配のミュージシャンらに抱き着いて抱擁し、場を独り占めしたかと思うと、リハーサルもやってないのに、いきなり歌いだし、そうだ、トランぺッターだと思っていたら振り向き様にマイクを掴んで歌いだしたのである。慌ててバンドがそれに合わせるという一幕。さすがに私はおかしくなって笑いだしてしまった。マイペースで、しかも、雰囲気を掴むのがうまい。ものおじ感ゼロ。一瞬にして観客の心を掴んでしまった。拍手喝采あめあられ。
 

 
気が付いたら、周囲のフランス人たちが、ブラボーと叫んでいた。アンコールがかかり、彼は続けて老ドラマーとアドリブで掛け合いをはじめ、そこから往年のジャズナンバーへとなだれ込んだ。持ってきたフリューゲルフォンを取り出し、やっと本領発揮。日野皓正ばりの存在感、へ～、面白い日本人じゃないか。

翌日、私たちは一緒にエッフェル塔を見にいくことになった。やはり、パリならばエッフェル塔だろうということになったのだ。TOKUがエッフェル塔の袂で不意にフリューゲルフォンを取り出し、演奏をはじめた。ええ？　まじかよ。観光客が立ち止まり、中にはカメラを取り出し撮影しはじめる者まで。曇り空のパリ左岸に、心地よいジャズの音色が流れた。

面白い男だ、世界広し。次回、この侍トランぺッターのインタビューを掲載します。お楽しみに。