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人生は後始末「潔く諦めること」 Posted on 2017/04/19 辻 仁成 作家 パリ

どこかで人間は必ず諦めないとならない瞬間があります。

しかし、こと小生に関していえば、諦めるのが得意じゃなかった。
諦めることは人生に敗北することだと思い込んで生きてきたからです。
なので、絶対諦めない、が信条でした。
不撓不屈が一番好きな言葉だったのです。
ところが最近、この考えを多少軌道修正することにしたのです。

若い頃は諦めないで、物事を先送りするだけの時間の余裕がありました。
まだ、若い。貫いていけば必ず突破できると妄信していたのです。
しかし、ある程度の年齢に達し、時間が限られてくると、
全てを完璧にやり遂げることよりも、もっと大事なことがあることに気が付きはじめます。
やり遂げたいことを優先し、そのほかは諦めよう、と思いました。

はじめて諦めるということを自分に認めた瞬間でもありました。

やるだけやったのだから、まずはそこを認めてやろう。
そして、その場所を次の夢に譲ってやろう、と思ったのでした。
夢の引退みたいなことでしょうか。
寂しいですけど、うやむやにするよりはいい。納得できます。

自分の限界を知って人ははじめて幸せを見つけることができる。
しかし、こういう潔い諦めができたとき、集中力が増すのです。
だからこそ、絶対に精一杯生きてみせる、と思うものです。
自分を信じることと、現実と妥協することとの狭間で人は揺れます。
つねに、冷静と情熱のあいだ、なんですよ!!!

諦めることは、人生の後始末の中でも辛く、しかし重要な行動でしょう。
長い年月、屈せずにやってきた者にとって諦めることは何より勇気のいる行動です。
諦め、人生を整理することで、目標を絞り込むことになります。
その時に大事なことは、引きずらずに潔く、ということです。

大事な後始末の方法ですね。

それができたら、新たな目標に向かって、自分を集中させればいいんです。
そういうタイミングは大なり小なり、人間には必ず訪れます。

浅田真央選手の引き際は見事でした。
やるだけやった人間だからこそのすがすがしさもあり、次が見えます。
その先にあるのはメダルではなく、等身大の彼女の人生というわけです。
26歳の若さですから、諦めたというよりも、納得したのでしょう。

そうですね、人間、やはり人生に納得することがとっても大事です。

やるだけやったとさっぱり納得できれば、次も見えてきます。
固執せず潔く諦めたときに、次が満を持して出現する。
そのようなシナリオがギフトのように、長い人生には用意されていたりするものです。
 

人生は後始末「潔く諦めること」

今日の後始末。

「人はつねに冷静と情熱のあいだ。決めるのは自分なり」