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人生は後始末 「永遠の現在に感謝して」 Posted on 2016/12/31 辻 仁成 作家 パリ

大晦日は一年の後始末の日ですね。

大掃除とか、新年を迎える準備など忙しいことでしょう。
フランス人にとってはクリスマスが、日本の正月三が日のような役割。
ですから、逆に元旦はとっても静かなのです。
そして、1月2日からは暦通り、世の中は動き出します。

2016年はどのような一年でしたか?
小生はいろいろなことを待ち続けた一年でした。待ち続ける人生というのは確かに疲れますね。
でも、待ちながら半生を振り返ることもできました。自分を知るための一年だったと思います。

サミュエル・ベケットの戯曲「ゴドーを待ちながら」ではありませんが、人生は待つことの連続で、しかも、待っているものが何かわからなくなることさえ・・・。
でも、人間が待っているものとは、きっと死ぬことなんでしょうね。

生きることはなんですか、と若い人に質問されました。
今、私も君も生きている、このことがすべてなんだよ。死んでないということが事実なんだよ、と言います。
当たり前じゃん、と返ってきます(笑)。
ええ、当たり前です。
しかし、生きてることは偉大過ぎて、普通に生きている間はその素晴らしさを実感できないものです。

ちょっと不謹慎な話に聞こえるかもしれませんが、小生は子供の頃、死ぬことが愉しみで仕方がありませんでした。
いつか必ず人間すべての人に訪れる人生の出口、これを小生は「偉大な死」とこっそり呼んでいました。
いつか、その日は必ず来るのだから、急ぐ必要はない・・・。
むしろ、その日まで与えられたこの生にどっぷりと浸っていようと辻少年は自分に言い聞かせたのです。

10歳の時、一生は長過ぎて退屈するだろうと思っていました。
50歳を過ぎた時、まだやり残していることがあることを知りました。

偉大な死を迎えるために、日々を精一杯生きているのです。
「よく生きたなぁ」とその瞬間に振り返ることができるよう、毎日を精一杯生き抜くのです。
その積み重ねの先に「偉大な最後の日」が待っています。
こう考えてきたせいでしょうか、死を怖いと思ったことがありません。
そして、毎日がいかに大事か、知っているつもりです。
人に何を言われようが、人生はあなたのもの、私のもの・・・。
それを与えられたのですから、楽しく生き切りたいですね。

今、この瞬間、小生は生きています。

100年後はいません。
でも、小生がここに記したことを誰かが読むかもしれない。その人に、ちょっと伝えておきます。
つねに「永遠の現在」なんですよ。死は死ぬまで誰にもわからないものなのです。
このどうしようもない神様の悪戯、小生は好きです。今に感謝をしなさいということじゃないでしょうか?

精一杯、生きたりましょう。

人生は後始末 「永遠の現在に感謝して」

今日の後始末

「今日は、一年で、一番、ありがとう、がしっくりくる日なり」