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人生は後始末「旅先」 Posted on 2018/05/13 辻 仁成 作家 パリ

 
なんで、父子で旅を続けるのか?
父子旅のはじまりは二人で生きることが決定的になった頃に遡ります。
当時、9歳だった息子との絆を強くするために、無理やり出かけたのです。
たぶん、ストラスブールからこの旅ははじまりました。
まだ、息子は小生の胸の高さしかなかった。
でも、彼は語りはじめます、自分の意思と決意を。
 

人生は後始末「旅先」

 
父がそばにいるから安心しなさい、と伝えるために息子の手を握りました。
握りしめて見知らぬ土地の路地を歩き続けたのです。
ストラスブールから京都へ行き、京都からモロッコへ行き、
モロッコからバルセロナへ、バルセロナからモスクワへ飛び、
こんな風に週末になるとどこかへ出かけ、たくさん話しをしました。
 

人生は後始末「旅先」

 
どんな時にも傍に父親がいるという安心感を与えたかったのです。
そして、二人で海をみました。
打ち寄せる波を感じながら、二人で生きなければならなくなった未来について、語り合いました。
息子にとって簡単に納得出来ることではなかったと思います。
でも、人には人それぞれの人生があり、君もいつか巣立つんだよ、と言いました。
彼は遠くをいつも見ています。
「パパ、ぼくは幸せな家族を作りたい」
この言葉は強烈でした。
 

人生は後始末「旅先」

 
小生の胸の高さだった息子は小生の頭を越えて大きく育ちました。
ブタペストの街を並んで歩く時、小生はもう息子の手を握りません。
いつからか、握らなくなりました。
それは息子が大きくなったからです。
自分の役目が一つ終えようとしているのかな、と思っていると、
「パパ、ぼくはそろそろ、友達と旅に出ることにするよ」
と息子が言いました。
その時、父子が見ていたのはドナウ川の川面です。
 

人生は後始末「旅先」

 
 
「それがいい、君はここから一人で旅をはじめなさい。できれば友達たちと世界中を旅しなさい」
 
 

人生は後始末「旅先」

 
今回、ハンガリーのブタペストで父子はまたいろいろと語り合ったのです。
旅の中でしか語り合えないことがあります。
それは旅先だからこそ語り合えることだったりします。
旅先と書きますが、そこは人生の先端です。
人間はいつも地平線を目指します。
人間はいつも国境を越えようとします。
子供は遠くへ行きたがるものです。
その冒険心が人間を成長させます。
旅先だからこそ、人間は心を解放できるんです。
 

人生は後始末「旅先」

 
ドナウ川の雄大な流れが教えてくれました。
父子はまた一つの旅先に立ち、未来を見つめました。
素晴らしい思い出をたくさん持っています。
息子は息子の旅をはじめ、小生は小生の旅をはじめるでしょう。
旅先だったからこそ、本当のことを語り合えた、と思います。
大切な人とどうぞ、旅を続けてください。
小生の旅も続きます。
 

人生は後始末「旅先」

 
今日の後始末。

「旅先で人は人生の教訓を得る。旅先で人は人生の意味を知る」