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人生は後始末 「立つ鳥跡を濁さず」 Posted on 2017/01/07 辻 仁成 作家 パリ

立つ鳥跡を濁さず。

大切な言葉ですね。
立ち去る者は、自分が元いた場所を見苦しく汚さないで、きれいに始末をしてから立ち去るべし、
という戒めなんでしょうな。
これができない人は、いつか、後悔に明け暮れるということになるのかもしれません。

最初はみんなハッピーなのです。
出会いはきれいな部分しか見せませんからね。勢いのせいもあって、実はあまり見えてない。
見えてないものを本質と呼んでみましょう。

で、曖昧な物事というのはいつか終わるわけです。
しかし、人間というのはその最後の最後にこそ、その人間の品格なり、すべてがにじみ出るわけですね。
これを後悔と呼びましょうか。
悪いことじゃないです。後悔のない人間はおりません。
しかし、どこで後悔をするか、ですよね? すべてを失った後で後悔するのはちょっと辛いっす。
飛び去る前にすべてを清めて、感謝を持って、飛び立ってこそ、の一生だったりします。

気に入らないとか、自分の欲望にまかせて、世話になった人や場所を汚すだけ汚して逃げるように、そこを去るのは人として失格かもしれません。失格とは品格を失うことに他なりません。

急がないことがまずは一つの得策ですな。
もし、不満があっても結論だけを追い求めないこと。結論とは無理やりに結んだ論でしかないのですから。
そのような決着はよろしくないわけです。答えなんか、そもそも、ないのかもしれませんよ。

正義ってものは、ご存じのように、社会の数だけ、国家の数だけ、人の数だけあります。
今の世の中、誰もが正義を口にしますからね。

人間として大事なことは、そこを離れるときに、揉めないことですね。相手を汚さないこと。
この世界に唾を吐きかけないことです。簡単そうですけど、意外と難しい。
なぜなら、自分は常に正しいと誰もが思うわけです。相手の立場なんか何も考えないで。

プライドがあるのはよーくわかります。人間は負けたくないですもんね。
でも、引き際を曖昧にせず、見事に難題を解決して静かに飛び立つことができた時、はじめて人は生きる意味を自覚するのかもしれませんね。

立つ鳥跡を濁さず。
なんてことのない言葉ですが、人生はこれにつきます。
生まれて死ぬまでの一生の中で、人は何度か立つべき瞬間に見舞われます。
その時に、濁さず、汚さず、忘れずに、立ち去ることができたらいいな。

敵なんかいないんですよ。
もしいたとしてもそれはたいした敵じゃないです。
 

人生は後始末 「立つ鳥跡を濁さず」

今日の後始末

「敵を味方にしてこその勝利なり」