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荒れるシャンゼリゼ通りに佇むクリスチャン・ディオールの「家」 Posted on 2018/12/20 石井 リーサ 明理 照明デザイナー パリ

フランスで荒れ狂う「黄色いベスト団」こと低所得者を中心とした購買力向上のためのデモが暴徒化している状況は、日本でも報道されているとおり、目を覆わんばかりです。都心に住む私は毎土曜日、催涙ガスの爆発音とサイレンをライブで聞きながら、一日中籠城を余儀なくされています。近所のお店はガラスが割られ、どさくさ紛れ窃盗の憂き目に遭うなど、被害は重大です。実は、私が最近照明デザインを担当した、シャンゼリゼ通りに面したクリスチャン・ディオールの新しいパフューム・ブティックも損害を被りました。

「世界に名高い大通りに面した一等地なので、店全体をショーウィンドーと位置付けて、夜も外からよく見えるガラス張りにし、それに見合ったライティングをしてほしい」と依頼をいただいたのは夏前のことでした。サッカーW杯優勝に湧き返っていた頃のこと。よもや、半年後に国中で暴動が巻き起こるとは誰が思い至ったでしょうか。
 

荒れるシャンゼリゼ通りに佇むクリスチャン・ディオールの「家」

11月末、シャンゼリゼを占拠していたデモ隊が荒れ狂い、軍が出動して鎮圧するまでに、その悲劇は起きました。ブティック前面のガラスは破壊され、店内に侵入した暴徒は高級品を盗み、棚なども壊して出て行ったと聞きます。朝から通常通りに開店していたため、スタッフは大変な恐怖を味わったそうです。幸い事が起きたのは夕方で、危機を感じた店長が半日で閉店したため、人的被害はなかったそうです。

オープンしたばかりの美しい店内は、クリスチャン・ディオール氏が暮らしていたパリのアパートを彷彿とさせる、シックでしかも清楚な白でまとまったインテリアでまとめられていました。並ぶパフュームは、同ブランドの中でも特別なコレクションばかり。南フランスのディオール氏の別荘を映像で紹介しながら、その地方で採れるバラやラベンダーをはじめとする香りのエッセンスが、一流パフューマーの手でエレガントな香水に浄化されていく様子を感じることができる設えもありました。
 

荒れるシャンゼリゼ通りに佇むクリスチャン・ディオールの「家」

照明は、「ディオール氏の家」というインテリアのコンセプトを最大限に尊重するために、優しく高質な白い光が室内を柔らかく満たすようなデザインにしました。さらに、雰囲気を壊すことなく、派手すぎない程度にスポットライトを集中させて商品を引き立てます。棚の一段一段、香水の一瓶一瓶にもきめ細やかな光の粒を散りばめて、透明感や微妙な色合いが映えるような工夫も凝らしてあります。こうした見せ方の基本的なアイディアはクリスチャン・ディオール社がインテリア・デザインの一部として考え抜いたものですが、実現に際しては私たちのような「光のエキスパート」が技術面などをサポートして、コラボレーションが行われるのです。
 
短期間での内装工事に続き、商品が運び込まれ、最後の消防検査も済んだところで、11月半ばにお店は慌ただしくオープンを迎えました。最近ではエコロジーにも配慮して、「明るく快適で素敵な照明、かつ省エネ設計」であるという、難しい命題が課されるケースも増えてきています。今回もこうした枠組みの中で、いかにプロジェクトを実現し成功させるかが、私たちに課されていましたが、それも無事クリアー。最新技術やノウハウを駆使して、皆さんに満足いただく光環境を作ることができて、私も一安心。
私たちの照明は試運転を初めてから最後の微調整をすることになっていたので、本当にあと一歩のところで、あの暴動が起きたのでした……。
 

荒れるシャンゼリゼ通りに佇むクリスチャン・ディオールの「家」

デモが去った週明け、「店がめちゃめちゃに壊された」と聞いた時は、本当にショックでした。主張することがあって集会するのは自由だけれど、高級店や高所得者を目の敵にしたり、無関係な店舗などを冒涜したりするのは筋違いもいいところ、と報道を見ながら既に憤っていたところに、なんと私の作品までも踏みにじられたような思いすらしました。(実際には照明は壊されてはいませんでしたが)
ところが、ディオール社の対応の素早いこと! 数日後にはガラスを入れ替え、内装を直し、商品をまたズラリと揃えて、通常運転を再開したのでした。
この辺の切り替えと、不屈の精神がフランスらしい、と20年住んでいて、毎回感心させられます。以前のテロや暴動の時もそうでした。壊されたらすぐ直す。襲われても屈せず、日常生活を意地でも続ける。どんなに非常事態になっても、フランス人は、決してメゲないのです。

「日本人は天災に靭く、フランス人は人災に勁い」と言われます。長年、地震や火山と共存してきた日本人に対して、フランス人は「よく、あんな危ない土地に住んでいられるものだ」と不思議がりますが、日本人から見ればテロもデモも物ともしないフランス人の方が、よっぽど驚嘆に値すると言えるでしょう。それは昔から(そう、フン族の大移動の頃から!)陸続きの外敵に攻め込まれたり、占領されたりしてきた人たちだからなのでしょう。こんなことでいちいち逃げ回っていたら、フランスという領土はとっくに消滅していたはずです。そうしないようにする第一歩が、市民それぞれが日々の生活を守り抜く、ということのようです。

こうして再オープンしたディオール・パーフューム・シャンゼリゼ店に、私も早速駆けつけました。私たちが目指した「シックなディオール氏の家のような明かり」は、誇り高く灯っていました。まるで酷い出来事などなかったかのように、そして強くしなやかな意思を体現するかのように。
 

荒れるシャンゼリゼ通りに佇むクリスチャン・ディオールの「家」

 
 

Posted by 石井 リーサ 明理

石井 リーサ 明理

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Akari-Lisa Ishii
照明デザイナー。東京生まれ。日米仏でアートとデザインを学び、照明デザイン事務所勤務後、2004年にI.C.O.N.を設立。現在パリと東京を拠点に、世界各地での照明デザイン・プロジェクトの傍ら、写真・絵画製作、講演、執筆活動も行う。主な作品にジャポニスム2018エッフェル塔特別ライトアップ、ポンピドーセンター・メッス、バルセロナ見本市会場、「ラ・セーヌ日本の光のメッセージ」、トゥール大聖堂付属修道院、イブ・サンローラン美術館マラケシュ、リヨン光の祭典、銀座・歌舞伎座京都、等。都市、建築、インテリア、イベント、展覧会、舞台照明までをこなす。フランス照明デザイナー協会正会員。国際照明デザイナー協会正会員。著書『アイコニック・ライト』(求龍堂)、『都市と光〜照らされたパリ』(水曜社)、『光に魅せられた私の仕事〜ノートル・ダム ライトアップ プロジェクト』(講談社)。2015年フランス照明デザイナー協会照明デザイン大賞、2009年トロフィー・ルミヴィル、北米照明学会デザイン賞等多数受賞。