PANORAMA STORIES

拝啓、アンデルセン様 - デンマークと日本の国交150年を記念して – Posted on 2017/03/14 石井 リーサ 明理 照明デザイナー パリ

善光寺は雪の中。粉雪が舞う長野の周りには、水墨画のような山並みが薄墨色に見え隠れしています。
貴殿の生まれ育った地は平坦なところですが、雪景色は多少見慣れておられるのではないでしょうか。
今年は、貴殿の故郷デンマークと日本が国交を樹立し150年という節目の年にあたります。
今私は、長野市の冬の風物詩となった光の祭典「長野灯明まつり」のオープニング演出をお手伝いするため、この地に来ています。両国の友好と、子供たちに夢と平和のメッセージを伝えようという目的のために。
 

拝啓、アンデルセン様 - デンマークと日本の国交150年を記念して –

長野では1998年冬季オリンピック・パラリンピックが開催された後、毎冬このお祭りが開催されるようになりました。オリンピック・パラリンピックの精神の一つである「平和」は、長野の街を象徴する善光寺さんの理念の一つと重なります。

そこで、”長野から世界に向けて平和を訴える灯明を”というイベントが始まったのです。
 

拝啓、アンデルセン様 - デンマークと日本の国交150年を記念して –

それはさておき、アンデルセン様。
きっと、貴殿もこんな極東の地の山奥で、自分の名前が何度も呼ばれ、ポスターに貴殿の書かれた「マッチ売りの少女」や「人魚姫」「みにくいアヒルの子」が描かれているのを見て、さぞかし驚かれたことでしょう。

なぜ、貴殿なのか? それは、今年の灯明まつりのテーマを決めた時、私たちはこう考えたからです。
「幾度と国を侵略・分割されながらも、独立と平和を守り続けてきたデンマークは、世界的な童話作家アンデルセンの故国でもある。世界中の子供たちに愛され続ける名作は、 厳しい境遇の中でも希望を捨てずに一生懸命生きることの大切さや、正直さの意味を示唆し、広い層から厚い共感を集めてきた。 現在も世界には恵まれない境遇の子供がたくさんいる。今日、世界平和がますます重要なテーマとなっていることから、第 14 回長野灯明まつりではハンス・クリスチャン・アンデルセンをフィーチャーし、子供たちに夢と平和を伝えるメッセージを光で発信したい」。
 

拝啓、アンデルセン様 - デンマークと日本の国交150年を記念して –

具体的に、どんな演出をしたのかといいますと、点灯カウントダウンを受け、まずはお祭りらしく華やかに幕開け。
「錫の兵隊」に出てくるラッパや太鼓の楽しいファンファーレに乗って、善光寺の山門の中心から飛び出すような絵に、パステルカラーのライトアップを掛け合わせました。
その後、一転して雪の降る寂しい冬空のシーンに。メランコリックなピアノの音色に合わせ、ナイトブルーに照らされた門にレーザーで雪の結晶を描きます。そこにゆっくりと現れるのが、マッチ売りの少女。
ライターを灯して夢を見ながら、最後に白鳥となって大空へ羽ばたきます。(貴殿のお話とはちょっと違いますが、ご容赦くださいませ。)最後は、可哀想な少女やアヒルの子のいない平和な世界を目指し、希望の花火と風船が上がるというシーンで締めくくりました。
 

拝啓、アンデルセン様 - デンマークと日本の国交150年を記念して –

私が光と音のスペクタクルをする時は、いつもこんなプロセスを辿ります。

まず最初にコンセプト。今回の場合は、「子供たちに夢と平和を!」というテーマを決めました。
次にショーとしての盛り上がり、気温などの空気感、建物のスケールなど、「場所性」のようなものをイメージし、構想を膨らませます。出来上がったストーリーボードを元に、長さやスピード、音のイメージ、起承転結などを細かく伝え、作曲家に音を作ってもらいます。メルヘンの世界らしい可愛いらしさと華やかさvs.センチメンタルさの対比がよく表現された3分の楽曲が完成すると、私の光のイメージはさらに膨みました。
そこに細かいカラーライトの動きや、レーザーで描くイメージの具体的なデッサンやスピードなどをシナリオに書き加え、絵コンテとなって現場担当のプログラマーに手渡されます。
本番前日、雪積もる氷点下の現場へ。日が暮れてから何時間も納得いくまで試写・修正・調整・・・を重ねました。

そして、迎えた当日。
心配された雪も止み、星空の下行われた点灯セレモニーでは、「あ、マッチ売りの少女だ!」と叫ぶ子供達の声や、大人達の「わー!」という歓声が広がり、無事成功裏に終了しました。

みなさんの反応を、一般客に紛れて聞くのが私の密かな楽しみです。
9日間に渡るお祭りでは、60万人以上の方に、心温まる光を纏う善光寺をご覧いただけたようです。きっと、寒空を温める心の灯明を誰もが心待ちにしていたのでしょう。

デンマークと日本、そして世界の平和を願いつつ。

敬具

 
長野善光寺にて。2017年2月

Posted by 石井 リーサ 明理

石井 リーサ 明理

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Akari-Lisa Ishii
照明デザイナー。東京生まれ。日米仏でアートとデザインを学び、照明デザイン事務所勤務後、2004年にI.C.O.N.を設立。現在パリと東京を拠点に、世界各地での照明デザイン・プロジェクトの傍ら、写真・絵画製作、講演、執筆活動も行う。主な作品にジャポニスム2018エッフェル塔特別ライトアップ、ポンピドーセンター・メッス、バルセロナ見本市会場、「ラ・セーヌ日本の光のメッセージ」、トゥール大聖堂付属修道院、イブ・サンローラン美術館マラケシュ、リヨン光の祭典、銀座・歌舞伎座京都、等。都市、建築、インテリア、イベント、展覧会、舞台照明までをこなす。フランス照明デザイナー協会正会員。国際照明デザイナー協会正会員。著書『アイコニック・ライト』(求龍堂)、『都市と光〜照らされたパリ』(水曜社)、『光に魅せられた私の仕事〜ノートル・ダム ライトアップ プロジェクト』(講談社)。2015年フランス照明デザイナー協会照明デザイン大賞、2009年トロフィー・ルミヴィル、北米照明学会デザイン賞等多数受賞。