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ロダンの光と影 Posted on 2017/06/23 石井 リーサ 明理 照明デザイナー パリ

いまから1世紀前の1917年は、アート界で様々な変動が起きた年でした。
印象派が最後の輝きを見せる中、ピカソが最大の作品を描き、デュシャンがかの「泉」を発表。
一方、ヨーロパ中を巻き込んだ第一次世界大戦の野戦場では、無名の画家達が壮絶な光景をスケッチブックに描き込んでいたのです。
そんな中、彫刻家オーギュスト・ロダンは亡くなりました。
名声を得ていた彼の葬儀は国家的ニュースでした。古典を学び、晩年、新しい彫刻の境地を開きつつあった「近代彫刻の父」の死は、美術史的に重要な転換期を象徴しているといえます。

ロダン没後100周年を記念して、フランス美術館協会は、パリを代表するグラン・パレのギャラリーで、大回顧展を今シーズン開催しています。
数年前から着々と準備を進め350点もの作品を集めた大展覧会で、オープニングにはフランス大統領まで隣席して、これまた「国家的」行事でした。
そんな大切な機会に照明デザインを、外国人である私に依頼してくれる、そこがフランス文化の懐の深さだと、つくづく思うのです。
芸大受験中から何度もデッサンして悩まされた、有名な「考える人」や「バルザックの像」など石膏像(コピー)の、まさか本物に、それもこんなに沢山の本物たちに光を当てることができるようになるなんて、思ってもいませんでした。
 

ロダンの光と影

この歴史的展覧会のキュレーションを務めるのはパリ・ロダン美術館館長ら数人。すごいことに全て女性です。現場の仕切りもプロジェクト・マネージャーの女性2人。作品の搬入の日時から、順番、各作品に当てて良い照明のレベルまで全て把握しています。

ロダンといえば、彼の若い弟子であり、のちに愛人となったカミーユ・クローデルという女性がいました。ロダンのミューズであり、「影」の存在としてよく映画などにも描かれています。
しかし、ロダンは公に認められた大アーティスト。スポットライトを浴びる「光」の世界に生きたロダン師匠は、結局妻のもとに戻ることになります。捨てられたカミーユは修道院で晩年を寂しく過ごし、消えていきました。

それに比べると、今日のフランス女性の進出は目を見張るものがあります。1世紀の間に、フランスの男女の立場は随分と接近(逆転?)しつつあることを、フランスで仕事をしていてよく感じます。
 

ロダンの光と影

さて、象徴的な光と影はさておき、私の本業の光の話を少々。

彫刻はいうまでもなく3次元作品。正面からべったりと光を当てては、立体感や質感を浮き立てることはできません。難解な形の多いロダンの作品には、時として小さい彫刻に5台ものスポットを方方から当てる必要もありました。
彫刻の良さを引き出すのも、台無しにしてしまうのも、私の腕一つ。なんという緊張感、なんという重大任務!
上手く照明できなくて、作品が引き立って見えない時や、形が複雑すぎて変な影ができてしまう時、この責務の重さをずっしりと感じます。グラン・パレのような古いギャラリーでは、電気的な制限や、天井の高さの制約など、さらに面倒な要素が加わります。
そんな時私がいつも立ち返るのは「美しい影」を作ること。言うまでもなく、影は光と対になった鏡のような存在です。綺麗な影が出ている時は、綺麗な光が当たった時なのです。
 

ロダンの光と影

異なる作家の彫刻2体を対比して見せる展示方法があります。今回第1室の正面に飾られたのは、ロダンがどのように後々のアーティストに影響を与えたかを示すもので、ロダンの偉大さを見せつけなければいけないのですが、オリジナルの方が小さいので、どうしても迫力に欠けていました。
そこで、私は「美しい影」を左右に投げかけて、ロダンの彫刻の存在感を拡大して見せました。
小型のトルソ像でも、背景に「美しい影」を作って見せることで、正面からは見えないシルエットを浮かび上がらせたりしました。黒い彫刻で形が見えにくい素材のものは、白い壁に影を映し出して、形を読み解く手がかりを作ったりもしました。
素敵な影ができると、「よっしゃ!」と独り言をつぶやいたりして、光と影の遊びを楽しみながら、2週間ほどグラン・パレに籠った後、出てきたら外は春の光に満ちていました。明るい世界の鏡面に、もっと素敵な世界があるのかもしれません。
 

ロダンの光と影

Posted by 石井 リーサ 明理

石井 リーサ 明理

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Akari-Lisa Ishii
照明デザイナー。東京生まれ。日米仏でアートとデザインを学び、照明デザイン事務所勤務後、2004年にI.C.O.N.を設立。現在パリと東京を拠点に、世界各地での照明デザイン・プロジェクトの傍ら、写真・絵画製作、講演、執筆活動も行う。主な作品にジャポニスム2018エッフェル塔特別ライトアップ、ポンピドーセンター・メッス、バルセロナ見本市会場、「ラ・セーヌ日本の光のメッセージ」、トゥール大聖堂付属修道院、イブ・サンローラン美術館マラケシュ、リヨン光の祭典、銀座・歌舞伎座京都、等。都市、建築、インテリア、イベント、展覧会、舞台照明までをこなす。フランス照明デザイナー協会正会員。国際照明デザイナー協会正会員。著書『アイコニック・ライト』(求龍堂)、『都市と光〜照らされたパリ』(水曜社)、『光に魅せられた私の仕事〜ノートル・ダム ライトアップ プロジェクト』(講談社)。2015年フランス照明デザイナー協会照明デザイン大賞、2009年トロフィー・ルミヴィル、北米照明学会デザイン賞等多数受賞。