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自分が本当に何をしたいかを見極め、その決心をつらぬけ Posted on 2017/07/22 田中 彩子 ソプラノ歌手 ウィーン

7月、私が日本からウィーンへ旅立った月。
そして、私の歌人生を支えてくれた恩人でもある友人が旅立った月。

夏になるといつも思い出します。歌を始めた頃、そして私の友人の事を。
 

自分が本当に何をしたいかを見極め、その決心をつらぬけ

歌を始めた当初は、「クラシックの歌」なら、なんでも好きに歌えると思っていました。
でも、自分が歌いたいものを好きに歌えるかというと、案外そうでもないのです。

歌は生まれ持った声の音色でグループ(声域)が分かれています。
そして、その自分の声の種類の曲(役)以外は、基本的には歌いません。

ピアノや、バイオリン、フルートという『楽器』があるように、歌の場合は体が『楽器』。
生まれ持ったものなので、その声の音色が大きく変わる事は基本的にはありません。
(年齢を重ねていく毎に、声が重くなったりボリュームが出たりはします)

女性の声の場合だと、大きく分けて低い順からアルト・メゾソプラノ・ソプラノがあります。
ここまではご存知の方も多いと思いますが、実は、この1グループの中でも細かく分かれています。

例えばソプラノグループだと、
〔ドラマティック〕・〔スピント〕・〔リリック〕・〔レッジェーロ〕・〔コロラトゥーラ〕と、
大きく分類してもこれだけ分かれます。

それぞれ声の特徴も簡単に説明すると、

〔ドラマティック〕は最も重くて迫力のある力強い声

〔スピント〕は重厚な響きをもつ声

〔リリック〕は王道の女性らしいしっとりとした声

〔レッジェーロ〕は軽くて可愛らしい声

〔コロラトゥーラ〕は鈴の音や小鳥のような声

※〔コロラトゥーラ〕とは歌のテクニック用語でもあり、コロコロと素早く音を動かしたり、メロディーラインに[音の装飾]をします。そのテクニックを使える場合は、ドラマティック・コロラトゥーラ、リリコ・コロラトゥーラと言われたりします。
 

自分が本当に何をしたいかを見極め、その決心をつらぬけ

私の声の種類は生粋のコロラトゥーラ(コロラトゥーラの技術に特化した声)になります。生粋のコロラトゥーラはとても珍しいそうで、珍しいぶん、レパートリーも少ないのです。

作曲家からすると演奏の機会が多い方がいいので、珍しい声の人のための曲を作ってしまうと、公演のたびにそれを歌える人を探さないといけなくなるので、そのぶん演奏回数も減ってしまいます。

コロラトゥーラはオペラの中では、リリコやドラマティックの方々が主役をはっておられる横で、いつもいないけど、時々出てくる、高い声。そのようなポジションかなと、私個人的には思っています。

そして、自分がどの声種なのか正しく知る事はとても重要で、例えば、通常レッジェーロの人はドラマティックが歌う曲は歌いません。
そしてもちろん、ドラマティックの人はコロラトゥーラが歌う曲は歌いません。

このように、ソプラノの中でもきちんとした「住み分け」があります。
その枠からあまりにはみ出してしまうと、楽器(体)に負担がかかってしまいます。

ウィーンにいて、「今まで自分が思っていた声の種類と違ったから1からレパートリーを変えなきゃ!」と言っている人を沢山みてきました。
それくらい、繊細で難しい判断でもあります。特に体がまだ発達途中である20代と、声楽家としていちばん脂ののった時期といわれる40代とを比べると、歌える曲も変わってきます。

もちろん時には枠を越えて歌わないといけないときも出てきます。
そんなときは、上手く賢くテクニックで乗り切るしかないのです。
 

自分が本当に何をしたいかを見極め、その決心をつらぬけ

心と身体は繋がっています。
そして身体から奏でられる音色の声には心が写し出されるとも私は思っています。

私の友人はいわゆる「ワグネリアン」という、ワーグナーを得意とする非常に大迫力の声を出すテノールでした。

数々の有名な歌劇場や著名指揮者と共にキャリアを積んできた方でしたが、安定する仕事を選ばず常にチャレンジし続けていました。
自分のやりたい事のため沢山のオーディションを受け続け、心身ともにボロボロになってもそれでも最後まで挑戦し続けることをやめませんでした。

私が進みたい先が見えなかった時、周りの目が気になったり、誰かと比べたり、このまま歌手として生き抜いていけるのか、とか悩んで迷っていた時、友人の病気になっても最後まで諦めない姿に自分の甘えが恥ずかしくて堪らなくなりました。

迷いは、甘えなんだと。

「周りがどう言おうと関係ない。自分が本当に何をしたいかを見極め、その決心をつらぬけ」

夏になると、友人の最後のこの言葉を思い出します。

この世に全く同じ見た目の人がいないように、存在する人の数だけ「楽器」があり、そして引き継がれることなく、消えていく。

そのたった一つしか存在しない楽器から、何も通さず直に奏でられる音、歌声。唯一無二の音色です。
その唯一無二の中から自分が好きな音色を探すのも、歌を聞く楽しみ方だと思います。
 

自分が本当に何をしたいかを見極め、その決心をつらぬけ

 
 

Posted by 田中 彩子

田中 彩子

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Ayako Tanaka
ソプラノ歌手。京都府出身。10代から単身ウィーンにて声楽を学ぶ。22歳でスイス・ベルン歌劇場で日本人初、且つ最年少での歌劇場ソリストデビューをして以来、コンツェルトハウス(ウィーン)、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(ロンドン)、ナショナルシンフォニー交響楽団(ブエノス・アイレス)等コンサート・ソリストとして欧州を拠点に活動中。
毎日放送『情熱大陸』出演。デビューアルバム『華麗なるコロラトゥーラ』(エイベックス・クラシックス)、フォトエッセイ『Coloratura』(小学館)発売中。