PANORAMA STORIES

旅の始まり「夜の世界の幕開け」 Posted on 2017/10/26 エロチカ・バンブー バーレスクダンサー ベルリン

19歳の私は全く夜の世界を知らなかった。
如何わしく恐ろしい大人の闇の世界だと信じていた世間知らず。ホステスのアルバイトをしている同級生が大人びて見えて、美大のアトリエで絵の具の匂いの染み付いた私には全く無縁な世界だった。

そんな私が、あるきっかけで絵の具と縁を切り、この ”夜の世界” の住人になった。

美大でのアートの有り方にまったく興味が持てず、大学生活の長閑な時間を持てあましていた。虚しく時間を無駄にしながら、どこかで自分を変えたくて焦っていた。なんだかアートの世界が窮屈に感じていて、そこから飛び出したかった。
授業をさぼってアトリエの屋根の上で大空を眺めたり、当時、新宿にあったツバキハウスというディスコの『ロンドンナイト』に入り浸ってパンクやニューウェーブでひとり踊り狂った。我が世界に没頭しながら踊ることの楽しさに目覚めたのは『ロンドンナイト』のおかげ。
 

旅の始まり「夜の世界の幕開け」

©エロチカ・バンブー

 
ある夜、私が飛び込んだのは、いきなり肌を見せる露出の多いショーの世界。
今はほとんど姿を消したグランド・キャバレーやナイトクラブだった。そこで繰り広げられるフロアーダンサーになり、日本中のナイトクラブでショーをし始めた。自分でも驚いた。
芸能プロダクションに所属しキャバレーに出演するショーダンサー。そこで私はいきなり「芸能人」と呼ばれるようになった。

私は美大に蔓延るアングラ臭が大嫌いだったのにもかかわらず、アウトサイダーなものに惹かれた。しかも好奇心旺盛ときて、恐がりのくせに実際に見てみないと気がすまない。
テレビの芸能人が表なら、この表ではない裏のB級芸能界に足を踏み入れたのだった。
 

旅の始まり「夜の世界の幕開け」

©エロチカ・バンブー

 
世間知らずの私はこのショービスの世界で世の中の仕組みを教わった。
いったん覗いた世界はキラキラで予想外にゴージャス! 次第にこのB級の世界の面白さに惹かれていった。
だけど、盛況だったキャバレーが不景気の波にのまれ、ひとつ、またひとつと火を消していく。特にビッグバンドをかかえた大型のキャバレーから消えていった。

そんな90年代の終わり頃、コンピュータ音痴の私もインターネットに興味を持つようになった。そこで見つけたのが、セレブのバーレスクダンサー「ディータ・ヴォン・ティーズ(Dita von Teese)」やLAのバーレスクグループ「ヴェルベット・ハンマー(Velvet Hammer)」のサイトだった。
バーレスクという言葉は知っていたけれど、このチラリズムに値するものが、”ネオ・バーレスク” として見直されブームになり始めている事を知って私は興奮した。(バーレスクに関するサイトは少なかったからね)

大きなステージで繰り広げられるアメリカのバーレスクのイベントの様子やダンサーの衣装のクオリティの高さ、使われている音楽に共感し、ワクワクしながら英和辞書片手に朝方まで読みあさった。

その頃はなにげなく、「出たいな〜このイベント。ああ、踊ってみたい!」と夢見ていた。
後に、まさかそのイベントに出てトリを務める事になるとは、想像もしていなかったのだから。
 

旅の始まり「夜の世界の幕開け」

©グレート・ザ・歌舞伎町
at グランドキャバレー天守閣

 
そして、アメリカに行くチャンスが巡ってきた。
そのきっかけをつかんだのは台湾だった。世の中は何がどう繋がっているのかわからないけれど、一旦その道を進みはじめると一歩先が見えて来る。

矢印が示すまま進み続けた。それが正しいか間違っているかなんてその時はわからない。でも、考える間も無く足が先に出てしまう。それは好奇心の仕業だったのね。
時に何本もの矢印が出てくる。そういう時は適当に一本選んで、えいやっ! と行ってしまう。えいやっ! と進んでいこう。どの矢印だって正解だから。Easy Going!
 

旅の始まり「夜の世界の幕開け」

ベルリンの早朝。ミュンヘンへ行ってきまーす!

 
 

Posted by エロチカ・バンブー

エロチカ・バンブー

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Erochica Bamboo
バーレスクダンサー。日本の各都市のクラブやキャバレーでショー活動した後、2003年にラスベガスにある世界で唯一のバーレスクミュージアム、Burlesque Hall of Fameで開かれるバーレスクの祭典で最優秀賞を獲得。それを機にLAに拠点を移す。2011年よりベルリンへ移りヨーロッパ、北欧で活動中。ドイツのキャバレー音楽ショー”Let’s Burlesque”のメンバーとしてドイツ各地をツアー中。