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240万年の芸術史 Posted on 2016/11/10 千住 博 画家 ニューヨーク

人間の誕生240万年の歴史を紐解く時、芸術史という視点から見ると、先史時代というのは実に興味深い。
もっとも“人類”の誕生となると、400万年前ということになる。
人類共通の祖先との見方をされる頭骨が発見され、これが400万年前らしいとなったからだ。
しかしいわゆる人間の誕生にはそれからかなりの時を待つことになった訳だ。

そもそも“先史時代”と言うくらいだから、これは文字を持たない人々の時代だった。
文字を持つ、いわゆる“歴史時代”は紀元前3000年くらいからだから、果てしないくらい長い期間、人類は文字を持たなかった。文字より早く、ある段階で芸術は生まれる。

しかしひとつの洞窟の中で作られた文化は、その洞窟に住む人々が滅ぶとそのまま途絶えた。
つまり観察や学習の成果は全く継承されなかった。だから芸術史というと、一般的には歴史時代、即ちシュメール文明や四大文明からの文字が生まれ、記録され、蓄積され、伝承され、受け継がれた時代からを言うしかない。
“伝統”にはこの“受け継ぐ”と言う意味もあるから、歴史時代からが“伝統”という概念の始まりと言える。
先に人間の歴史は240万年と書いたが、この頃から道具が用いられ、社会が生まれ、旧石器時代が始まった。
従ってここを人間の誕生とするのが一般的だ。
その忘却の彼方に追いやられていったこれら先史時代の文化が実に面白い。

まだ言葉もうまく発せられない人々が、ある日鳥の骨に穴を開け、吸ったり吐いたりしてみた。
すると到底表せないと思われていた哀しみや喜びが、呼吸と同時に口から流れ出た。
また人々は、氷河期、洞窟の外で見た動物たちのことを壁に描き、感動を共有した。
これらが芸術の始まりだった。
伝えることが困難と思われるイマジネーションや情報がコミュニケーションできる、そのことに人々は興奮した。
それは次第に複雑な心を生み、知恵を生み、ひいては美的感動を生み、血の通う表現を生み出した。
そして死後の世界にまでもイマジネーションは馳せ、死者を葬り、宗教を生むことになる。はじめに芸術が未明の人々の間で生まれ、それがコミュニケーションする人たち、即ち“人間”を生み、やがて文明へと続いたのだ。

240万年の芸術史

諸説はあるが、おそらく50万年前には火の使用も始まった。
これは調理の始まりでもある。50万年前から人々は火加減に留意しつつ鳥や肉を調理し、天然塩をふりかけ、時には当然甘いデザートも食べ、味の違いを楽しんでいたのだろう。

絵画や料理という芸術をこの途方もない時間を持って考える時、現代アートとか日本画とか、またはフランス料理とか日本料理とかに細分化された姿が高度にも見える一方、何か現代の私たちは芸術の忘れてはならない基本的で大切なことを見失っているのでは、という気にもなってくる。

Posted by 千住 博

千住 博

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Hiroshi Senju
画家。京都芸術大学教授。1958年、東京都生まれ。1982年、東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業。1987年、同大学院後期博士課程単位取得満期退学。1993年、拠点をニューヨークに移す。1995年、ヴェネツィア・ビエンナーレ絵画部門名誉賞を受賞(東洋人初)。2007~2012年、京都造形芸術大学学長。2011年、軽井沢千住博美術館開館。2013年、大徳寺聚光院襖絵を完成。2016年、薬師寺「平成の至宝」に選出され、収蔵。平成28年度外務大臣表彰受賞。2017年、イサム・ノグチ賞受賞。日本画の制作以外にも、舞台美術から駅や空港のアートディレクションまで幅広く活躍。