PANORAMA STORIES

和の暮らし、0.1ミリが支える組子の世界 Posted on 2016/11/03 エルンスト 順子 ビジネスコーディネーター パリ

学生時代、フランス南東部に位置する都市リヨンで暮らしていたことがあった。この頃は日本食レストランもまだ特別な存在で、日本の陶器などフランスの暮らしの中で見かけることは珍しいことであった。

アパートをシェアしていたフランス人の女性とは学業時間が違うため、朝食は基本的に別々。
先に出かける方が2人分のカフェを用意する取り決めになっていた。お互い忙しかったのですれ違うことも多く、会わない夜なんかもあった。朝、テーブルの上に、すでに用意されたカフェポットがあるのを見て、昨日は遅くに戻ってきたんだな、と親のようなことを思った。

温かい一杯のコーヒーをいただきながら、同居人のぬくもりを感じる学生生活であった。 

いつだったか、彼女が用意してくれたカフェセットに私が日本から持って来た美濃焼のご飯茶碗が添えられていたことがあった。ご飯茶碗でコーヒーだなんて、と驚いたが、ご飯はお皿に盛って食べるというフランスの食文化からすれば、この ”小ぶりなボール” は日本の湯呑みカップにあたると思われてもしょうがない。
 

文化や暮らし方が違えば、使用方法、価値やニーズも変わってくる。
これはごく自然なことであった。
そしてこの日の思わぬ「気付き」こそが私のその後のビジネスの原点となるのである。

今、私は暮らしのプロダクトを通してフランスと日本を繋いでいる。
個人的にはメゾン(家)をテーマに、 品質が高く日本の技術力や創意が傑出しているものに心惹かれている。

特に、和紙、木、陶磁器、金属など自然と共有性が高い日本古来の素材に強く魅力を感じてならない。
クオリティの高いジャパンプロダクトに着目し、私はこれらをビジネスの大黒柱に据えるようになるのだった。
 

新潟にある猪俣美術建具店の組子を使ったプロダクトもその一つであろう。

組子とは、釘などを使わず、木を組み合わせる工芸のことで、日本では古くから障子や襖(ふすま)、欄間(らんま)などに使われている伝統工芸の一つである。その工程は0.1ミリの世界。0.1ミリ狂うと、組み付けができなくなるというのだから凄まじい。繊細な作業一つ一つに職人の全神経が注がれていく。
 

作品のそこかしこから、作り手の意識の高さや鋭い集中力、研ぎ澄まされた職人の技巧が伝わってくる。
昨今、障子や欄間にとどまらず、空間装飾におけるデザインやかかるすべての技法がここ欧州でも注目されるようになってきた。目の前に広がる組子アートの扉、そこから溢れる光のアートの美しさを想像してみてほしい。
しなやかさと躍動感、光と影までも含めた建具の装飾美に、ため息を漏らさずにはおれない。

日本の 「美 」と職人の 「技 」が、まさに組子になっているのである。

私たちの生活に身近な装飾箱は、麻の葉がモチーフで組子をかさね合わせた立体感が繊細で美しい。
新しい息吹を与えられたサクラの木。私は、美しい組子の間から香りを楽しむ贅沢な時間を想像し、この日本のサクラの木の新しい息吹に感謝しながら香りを入れて楽しんでいる。

元来直線で構成される日本家屋建築の組子デザインに、匠の技によって加わった曲線と空間のリズム、建具という名前からは想像をはるかに超えた世界観の広がり・・・。

日本の伝統技術が世界のセンスと組子になり、これからますます世界の装飾により可能性を与えていくのだろう。

カフェセットの横に置かれた日本のお茶碗。
このような和洋折衷の発想が日本の伝統芸術を私たち日本人が気付かない可能性へと誘う気がしてならない。

私はそういう発想の転換と同時に伝統文化への深い敬意の狭間で生きている。

そうだ、あのルームメイトは今どこの国のどこの街で暮らしているだろう? 
もしかすると京都あたりで私のことを思い出しながら、湯呑にコーヒーを注いでいるところかもしれない。
 
 

Photography by Junko Ernst

 
 

Posted by エルンスト 順子

エルンスト 順子

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Junko Ernst
ビジネスコーディネーター。神奈川県生まれ。2006年より渡仏。欧州販路開拓 エージェント JPLUG-IN(ジェイプラグイン)代表。フランス、べルギー、イギリスの室内装飾展示会の現地窓口、ブース専門施工、グラフィック、会場通訳、オーダ成約、欧州窓口 のトータルサポート。販売代理店契約、輸出アドヴァイザリー、パリブランディングプロモーションなども加え新しい欧州マーケットを開拓している。