PANORAMA STORIES

英語が苦手な中年パパの西オーストラリア専業主夫日記1Posted on 2016/10/21  Posted by 佐藤 カナメ

英語が苦手な中年パパの西オーストラリア専業主夫日記1

10月も近付き、少しずつ春めいた日が増えてきた。西オーストラリアのパースで家族と共に暮らし始めて2年7ヶ月。現在は妻がオーストラリアと日本を往復しながら働き、私は二人の息子と共に日々暮らしている。今どき風に言うと私は「専業主夫」であり、妻は一家を支える「働く女」だ。当時小5と小2の男児2人を連れて、東京から8000キロ離れた南半球の西オーストラリアへ。文字にしてみると自分でも突飛なことを、と思わないわけでもない。

3年前の2013年秋、25年間籍を置いたテレビ制作プロダクションを退職した。
それまでも私は「専業」ではないが、ずっと「主夫」だった。妻も私も共に働き続け、時間的制約の中、いろいろと手分けしてやってきた。だから家事育児をするにあたり技術的に困ることはない。だから時折微妙な笑顔と共に「偉いね~」「大変だね~」「料理もできるんだ~」などと言われると、いつも違和感を覚えてきた。常々私は「家事」と名の付くものは「キャンプ」という言葉に置き換えられるのではないかと思っている。「キャンプ」と思うだけで何だか少し楽しそうだし、食事の支度、寝床の準備、片付け清掃、ゴミ処理、移動、といった風に、やらなければならないことはさほど変わらない。特別な思い入れをしなければ、ただやればいいことばかりだ。

英語が苦手な中年パパの西オーストラリア専業主夫日記1

だけど、その「ただやる」のがどれだけ大変か!!!!
基本的に、子供達は「ただやる」ことができないようにできている。
だから、オーストラリアへ越して来たからといって、さらに全てが英語環境になったからといって、突然部屋がキレイになったり、食事が早くできるようになったり、兄弟げんかをしなくなったりするわけではもちろんない。子供達との挌闘は、8000キロ南に移動した今も変わらず続いている。
でも、もしかしたら、オーストラリアへやって来なかったら、私はもっとガミガミ父さんになっていたかもしれない。 

引っ越しの後1年間は、彼らはESL(English as a Second Language/英語を母国語としない子供達のためのクラス)のある公立小学校へ通っていた。そこには世界各国からやって来たばかりの移民の子供達が、スクールバスなどで通ってくる。その頃学校には約30ヶ国の生徒がいて、年に一度のアスレチック・カーニバル(運動会)のときなど、まるで子供版オリンピックのようだった。その大きな変化の中へ、親と離れた子供が一人で入っていくのは大変なことだが、オーストラリアの学校には実にいい習慣があった。バディ(Buddy)といって、転校生に一人のクラスメイトが付き、当分の間専任で案内世話係りをしてくれるのだ。息子達が転入したときには、長男にはタイから来た男の子、次男には偶然同じクラスだった日本から来た男の子がバディになってくれた。

英語が苦手な中年パパの西オーストラリア専業主夫日記1

そんなこともあって、早くも2日目から我が兄弟はいつもの勢いを盛り返しつつあった。下校時間に迎えに行くと、なにやら次男のクラスの男子が4~5人芝生に膝をついて顔を寄せ合い盛り上がっている。そ~と近寄って聞いていると、少しずつ内容がわかってきた。時に神妙な顔つきで頷き合い、時に歓声をあげて教え合っていたのは、世界各国の言葉によるピーとプー、つまりおしっことウンチだった。ピーとプーは彼らにとっては死活問題。学校初日にうまく「トイレに行きたい」と言えず大ピンチに陥る子供も少なからずいるようだ。頑張って「ピー」とさえ言えれば、授業中でも、ランチの時間でも、仲間のサポートを受けて問題は解決する。この言葉を教え合うことで、出身国も、母語も全く違う子供達は、固く結束していくのだ。

そうやって、毎日全力でサバイブして帰ってくる息子達は、さすがに帰宅後は疲れている。ソファーに倒れ込み、お菓子を頬張り、しばらく放心状態だ。
頭の中は、英語以外にも、アラビア語や、ポーランド語や、中国語や、ベトナム語のピーとプーで一杯。しかし、そんな様子の彼らを見て、父の頭には「尊敬」の二文字が浮かんだ。すごいぞ君達! そこで靴を脱ぐなとか、リュックは部屋まで持って行けとか、さすがにガミガミ父さんでも言えなかった。

英語が苦手な中年パパの西オーストラリア専業主夫日記1

オーストラリアへ来ていつからか、我が家では「やりなさい!」ではなく、「協力して!」というようになった。学校で頑張っている君達も大変だが、実は君達以上に英語の苦手な父は、君達が学校へ行っている間、英語で(涙)慣れない手続きや、買い出しに追われへとへとになっている。母だって、頑張ってオーストラリアと日本を往復しながら働いている。君達だけじゃない、父も母も大変なのだ。だから「協力して!」この切実な叫びは、届くときも、届かないときもあるけれど、自分も家族の役に立つことができるんだ! という実感を持ってくれると嬉しい。

我々家族4人は、もう君達が巣立つまでの長いキャンプへ出発したのだ。みんなで協力して進もう! 頼む!!

Photography by Kaname Sato (except the 1st and the 3rd photo)

Posted by 佐藤 カナメ

佐藤 カナメ

Kaname Sato
主夫。プロダクションに籍を置き、テレビ番組をひたすら作り続けて20余年。2013年に退職。2014年に家族とともにオーストラリアへ渡る。妻、息子2人の4人家族。現在は妻が日本で働きながら日豪を往復。本人は英語に四苦八苦しながら、子供の世話に追われる毎日。