PANORAMA STORIES

私たち結婚します! Posted on 2017/05/05 エンギュエン 矢吹 ことみ 主婦 スイス、ラ・ショー=ド=フォン

「私たち、結婚します」と私と夫は宣言をしました。
すると、とんでもない洗礼が私を待ち受けていたのです。

「結婚は絶対に許さない! あなた、結婚詐欺でしょう!」
「どこぞの馬の骨か知らない小娘に、うちの大切な息子をあげることなんか出来ない!」
「あなたたちには結婚は早すぎる! お互いを知りもせずに簡単に出来ることじゃない!」

それはそれは凄まじい剣幕で義母がわめきたてたのでした。
その横で凍りつく夫。義母を羽交い締めにして事態の収拾を図る義父。

義母のヒステリックな爆発によって、私の淡い夢は一瞬にして破壊されてしまいます。
あの日から早いもので、すでに2年という歳月が流れました。

幼い頃から日本に対して深い興味を抱き、実際日本で働いた経験もある私の夫。彼は驚くほど流暢に日本語を話します。そのせいで私たち夫婦の公用語は日本語。
夫の仕事の関係で、ここスイスのラ・ショー=ド=フォンに移り住んでからも、ずっと2人は日本語でコミュニケーションを続けています。私はフランスに大した興味もなく、フランス語もろくにわからないくせに、息子命のちょっと怖い母親を持つ夫の元に嫁いだのです。

でも、実は、そんな義理の母も国際結婚でした。
義母は生粋のフランス人。義父のオリジンはベトナム人。彼らの出逢いは遡ること40数年前になります。
非常に優秀な学生だった義父は、医学生としてフランスに留学していました。当時18歳。
 

私たち結婚します!

キャメルのコートが義父です。

留学当初、義父は語学学校に通っていました。アリアンス・フランセーズ。
手前が義父になります。クラスで唯一の男性だったそうです。
 

私たち結婚します!

勉学に勤しむ日々も束の間、ベトナムでは戦争が始まります。
故郷にいる家族はアメリカへの移住を決めました。義父も留学を中断し、アメリカへ渡ることを決断。
24歳の時のことでした。

ところが運命というものは悪戯なものです。
義父はある日、karate magazineの情報コーナーに一文を見つけます。義母が出したアノンスでした。
「武道をしている方を探しています」
義父はテコンドーや空手の経験者でした。
もうきっとフランスに戻って来ることもないだろうし、ちょっと会ってみようか。
冷やかし半分、連絡をとってみることに……。
 

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一方、義母はフランスの小さな田舎町で暮らしていました。
とてつもなく厳格な父と母、兄弟が5人、大家族に囲まれて。
 

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田舎町での彼女の唯一の気休めが人形収集でした。
パリの学校を卒業後、義母は地元の工場に就職します。なぜか沢田研二のファンだったらしい(笑)。
 

私たち結婚します!

中央、人形を抱き抱えているのが義母です。

さて、そんな2人が対面しました。義父、24歳。義母、18歳の終わり。出会った瞬間、2人は恋に落ちます。
一目惚れでした。
 

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出逢った瞬間の写真が存在します。
義父の友人がたまたまカメラを向けた時、2人の邂逅はフィルムに焼き付いてしまったのでした。
13区のイタリー広場にあったショッピングモール、Galaxi2にて。

突如として自分の前に現れた、人形のような青い瞳と陶器のようになめらかで真っ白な肌を持つ少女……。
義父は迫るアメリカ行きの飛行機をすぐにキャンセルしました。
この時代の航空券は今とは比べ物にならないくらい高額だったというのに。
とにかく、もう少しフランスにいたい、彼女をもう少し知りたい……。
青年の恋心は深まります。

2人はすぐに交際を始めました。義父はパリ、義母は片田舎の町。遠距離恋愛の始まりです。

ある日、義母は居ても立っても居られなくなり、職務を途中で放り投げ、着の身着のままタクシーに飛び乗ることになります。行き先は、もちろん、パリ。
実家にも職場にも連絡は一切入れず、義父の元へと飛び込んだのです。

義母の父は血眼になって娘を探しまわります。
そして突き止めた先は、しがないベトナム人留学生が暮らすお風呂もトイレもついていない、狭い屋根裏部屋でした。きっとその小さな空間で、私が義母から受けた洗礼の、何万倍も凄まじい爆発が起きたに違いありません。
 

私たち結婚します!

当時、ベトナム人の青年がフランス人の若い女性と結婚すること、それは簡単なことではありませんでした。
義母の親族から小言や小さな嫌がらせなども受けたようです。
しかし、義父は素直で純粋で何より凛とした青年でした。次第に義母の父は義父の立派な人柄に惚れ込むようになるのです。一生懸命義母のために生きる義父を陰で支えたのは義母の祖母でした。
そのことを私に嬉しそうに語ってくれたのは他でもありません、義母その人でした。

間もなく2人は結婚します。
 

私たち結婚します!

ベトナムの親族たちも大勢結婚式に駆けつけました。
 

私たち結婚します!

皆に祝福された、大変素晴らしい結婚式だったそうです。

2人はその後、パリでジャーナリストとして活躍します。
 

私たち結婚します!

引退後の現在は夫婦でアンティークドールのブティックを経営しています。
元々、義母の心の拠り所でもあった人形たちに囲まれて……。
この子たちが義母と義父の愛をそっと応援したのでしょう。
もちろん、今では私と夫の愛を陰からこっそりと支えてくれているのです。

さて、どうなることでしょう。私の運命やいかに……。
 

私たち結婚します!

Posted by エンギュエン 矢吹 ことみ

エンギュエン 矢吹 ことみ

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KOTOMI YABUKI NGUYEN
スイス、ラ・ショー=ド=フォン在住。夫はスイスの大手時計メーカー勤務。私は新米主婦、フランス語と格闘中の25歳です。