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時計は小さなユニバース Posted on 2017/09/23 エンギュエン 矢吹 ことみ 主婦 スイス、ラ・ショー=ド=フォン

フランスとスイスの国境付近に位置する、「時計の聖地」ヌーシャテル州・ラショードフォン。
陽当たりの良い北斜面に、大きな縦長の窓を持つ赤茶色の屋根の建物が整列している特徴的な街です。
 

時計は小さなユニバース

隣接する街、ルロクルと合わせて「ラ・ショー=ド=フォンとル・ロックル、時計製造業の都市計画」という名前でユネスコ世界遺産に登録されています。
ラショードフォンに本社を置く時計ブランドの企業で働くフランス人の夫と、この街で暮らしています。

1900年代、世界の時計生産の約55%がこの街で行われていました。
ラショードフォン、ルロクルを始めとするこのスイス西部ジュラ地方は「ウォッチヴァレー」と呼ばれ、現在でも名だたる時計ブランドのオフィスや工場・工房がこぞって軒を連ねています。
パテックフィリップ、ロレックス、カルティエ、タグホイヤー、ユリスナルダン、ティソ、ジャケドロー、ジラール・ペルゴ…等。
それぞれのブランドが使用している、時計のダイヤルやボックス、ベルト、ムーブメント、などの会社もたくさんあります。

では、どうして「時計」は「スイス」なのでしょうか?
 
ジャン・カルヴァン
1540年代頃からジュネーヴを中心に過激な宗教改革を指導し、市民に対して贅沢品や娯楽等の一切を禁止した、キリスト教宗教改革初期の神学者です。
 
当然、宝石職人たちは仕事を失くす事になるのですが、「宝石の代わりに時計を作ろう! 時計なら贅沢品とは言われないだろう!」と、贅沢品の代表でもある宝石の代わりに『日常生活に欠かせない時計』を高価なマテリアルや高い技術を屈指して作り始めたのが「スイス=時計」の由縁ではないか? と言われています。
また、フランスでの迫害を逃れた技術者たちがこのジュラ地方に流れてきたのもスイス時計の繁栄に影響を与えた、との見方もあるようです。(諸説あります)
 

時計は小さなユニバース

ミリ単位の作業を要する時計作りに配慮し、街の建物の窓はより多くの光が入るよう考えられた設計になっています。
数世紀前に、あの窓の奥で時計職人達が作業をしていたのだと思うと、胸が熱くなります。
 

時計は小さなユニバース

街の中心には世界最大規模といわれる国際時計博物館があります。
この時計博物館、こちらがとにかく素晴らしいのです!
「時」や「時計」に関する歴史、メカニズムや装飾など展示物の充実感には圧巻です。また、館内では時計の修復作業がガラス張りの工房で行われており、見学もできます。(どうやらこの工房で日本人の時計技師さんが働かれているそう…)
 

時計は小さなユニバース

時計は小さなユニバース

まだこちらに引っ越してきて間もない頃、夫と二人でこの博物館を訪ねました。
しかし当時の私は「時計」にさほど興味もなく、自他共に認める時計オタクの夫との間には激しい温度差が。一つ一つの展示物に事細かく解説してくる夫の「時計」に対する情熱に圧迫され入館早くも「もう帰りたい…」なんて口走ってしまいました。
妻が退屈しているなんて気にも留めない様子で次から次へと解説していく夫。

「時計なんてiPhoneで十分じゃない?」

ヘトヘトの私が発した何気ない一言が夫のオタク魂に着火…!

「何言ってるんだ! 時計はユニバースだ! 僕は片腕に宇宙を持っているんだ!!」

ユニバース? Universe? 万物、宇宙、世界、全人類?
待ってましたと言わんばかりに夫の怒涛の力説が始まった…!
 

時計は小さなユニバース

人類が狩猟生活から農耕生活にシフトチェンジし、季節の存在を知る。そして時の流れに興味を抱き、それを暦として体系化した。
古代の人々は「太陽の動き」すなわち万物を司る「宇宙」を知るために「日時計」を作った。
 

時計は小さなユニバース

大航海時代「時計」は自分たちの船が一体どこに位置するのか、またどの方向に進むべきなのか、正確な指示を出す唯一のアイテムだった。
 

時計は小さなユニバース

やがて「時計」は空に羽ばたく。
当時「腕時計」は女性のファッションとしてブレスレットに時計をつけた装飾品でしかなく、男性はポケットウォッチ(懐中時計)が主流だった。
カルティエの創設者ルイ・カルティエは友人である飛行家のアルベルト・サントス・デュモンの飛行事故を案じ、レザーストラップの時計をデザインする。これによりパイロット達の飛行事故は激減。わざわざポケットから出して時間を確認する必要がなくなり、一瞬で正確な時間を把握する事ができるようになった。
第一次世界大戦時には電話や通信技術の発展により、兵士たちは戦場でより正確に素早く時間を把握する必要が生まれ始め「腕時計」は戦争の場でも活躍するようになる。
 

時計は小さなユニバース

かの有名なカルティエ「タンク」はフランス語で「戦車」を意味し、ルノー製の戦車の形をモチーフに第一次世界大戦中に作られた作品である。
こうして「腕時計」は強さの象徴となり、現在では一種のステータスのような役割をしている。

時計ブランドは「時計」がステータスのためだけでなく、その精巧な技術や歴史、ブランドのポリシー、全てを含めて「時計」を生み出している。

人は「時計」に「宇宙」を閉じ込めた。
「生きる事」を追求し続けた結果が生んだ芸術品が「時計」である。
 

時計は小さなユニバース

閉館の音楽が鳴り、もうそんなに時間が経ったのかとiPhoneをポケットから出した時、懐中時計を手にした中世の絵画と目が合いました。
恥ずかしいような、おいてけぼりにされているような、おかしな気持ちになったのを憶えています。

これは去年のこと。今では夫婦で時計談義をするほどです。
 

Posted by エンギュエン 矢吹 ことみ

エンギュエン 矢吹 ことみ

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KOTOMI YABUKI NGUYEN
スイス、ラ・ショー=ド=フォン在住。夫はスイスの大手時計メーカー勤務。私は新米主婦、フランス語と格闘中の25歳です。