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バルセロナの一番美しい日 Posted on 2018/04/30 林 真弓 通訳・ガイド・イベントコーディネーター バルセロナ

バルセロナっ子である友達はこの日をこう表現した。

4月23日サン・ジョルディの日だ。
サン(聖)・ジョルディはバルセロナが属するカタルーニャ州の守護聖人である。王女を助けるためにドラゴンと闘って勝った、という人だ。

いかにも作り話という感じで私は初めその話を聞いても白けていたのだけれど、なかなかこの人、大英雄で大人気。カタルーニャの男子の名前人気ナンバー1はジョルディなのである。広場で「ジョルディ!」と叫んだら多くの男性が一斉に振り返るだろう。

ジョルディはカタラン語で、英語ではジョージ。実はイングランドの守護聖人もセイント・ジョージ、同一人物である。旧ソ連のグルジア(英語でジョージア)の守護聖人の一人もこの人だし、マルタやポルトガルの守護聖人でもあったりして、その人気はカタルーニャにとどまらない。彼の重要さ、人気の高さを知ってからは私はサン・ジョルディをキリスト教界の桃太郎的存在だと思っている。
 

バルセロナの一番美しい日

そのサン・ジョルディが殉教したとされるのが303年4月23日。ローマ皇帝ディオクレティアヌスに死刑にされたのだけれど、彼がまだ若者だった頃、先ほど言ったドラゴンに剣1本で勝っている。火を噴くドラゴンとの壮絶な闘いの末、急所をねらった剣の一突きでこの敵を仕留める。溢れ出たドラゴンの血の後に一本の美しいバラが咲いたという伝説から、カタルーニャではサン・ジョルディの日、男性は女性にバラの花を贈る。

4月23日、即席のバラ屋さんが街中のあちこちに誕生する。学生たちや種々の市民運動をしている人たちもバケツにバラの花束を入れて売り始める。またちょうどこの日がセルバンテスとシェイクスピアの命日でもあることから20世紀初めくらいから本を送る習慣も始まった。一般的に男性は女性にバラの花(ドラゴンの血の跡に咲いたのは1本だけだったので贈るのも普通一本のみ)、女性は男性に本を贈るという日になった。なのでバルセロナの街中はこの日即席の本屋さんとバラ屋さんでいっぱいになるのである。
確かに、新緑が美しい街路樹と、夏の差すような日差しとは違い、柔らかくて暖かい日差しのもと、真っ赤なバラがあちこちに溢れ、珍しい古書や子供の喜びそうな本等、さまざまな本が並べられるこの日は、バルセロナの一番美しい日と呼んでも大げさではないかもしれない。
 

バルセロナの一番美しい日

バルセロナの一番美しい日

「バラ一本より本一冊の方が断然高くない?」と女性の懐を心配したこともあるけれど、のぞいてみると古本などもたくさんあって結構お手軽に本が買える。カタルーニャの本の年間総販売数の半分がこの日に売れるらしい。バラも一日で600万本売れるという。
 

バルセロナの一番美しい日

カタルーニャ守護聖人の日だから、この日はカタルーニャの誇り、郷土愛を表す日でもある。バラの花にはカタルーニャの紋章である黄色と赤のストライプのリボンを飾っているものも多い。これに今年加わったのが黄色いリボン。「自由」を表す。またそれにちなんで今年は黄色いバラが目に付いた。本来赤いバラを贈るのが習慣なのに黄色のバラを選ぶところに市民の想いを感じる。
 

バルセロナの一番美しい日

バルセロナの一番美しい日

去年の州民投票、独立宣言以来、裁判に掛けられることなく抑留されているカタルーニャ州の政治家や独立派市民運動家たちの釈放を願っての意思表示である黄色いリボン。言論、思想の自由を訴える黄色いリボンは胸につけられたり、バルコニーに飾られたりしている。元首相は未だ亡命中、カタルーニャ政府が選挙後ようやく次期首相候補に考えていたジョルディ・トゥルイ氏も1カ月前スペイン政府に拘束された。元首相が現在亡命中のドイツが仲介に入ることを申し出たがスペイン政府はこれを拒否した。この膠着状態は出口の見えないまま、まだまだ続きそうである。

この美しい日にバラと本を手にして道を行き交うバルセロナの人々。その表情は去年までに比べて心なしか硬い気がする。彼らの心の中を覆っているだろう灰色の雲は一体いつ晴れるのだろうか。
 

バルセロナの一番美しい日

 
 

Posted by 林 真弓

林 真弓

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Mayumi Hayashi
通訳は主に英日だが、使用可能言語は、日、英、伊、西、仏。
オーストラリア、キャンベラ大学で応用言語学の修士号を取得したのち、地元岡山の大学にて英語非常勤講師。英語以外の言語を学びたくなり、32歳でフランス、トゥールーズに語学留学。その後イタリア、ベネチアで約9年の滞在を経て、現在バルセロナ在住。イタリアで知り合ったイギリス人の夫とスペインに住む、という??な、でもある意味非常に欧州的な状況を楽しむ毎日である。