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エリザベス女王のティーセットは「クマのプーさん」 Posted on 2018/01/31 清水 玲奈 執筆家・翻訳家 ロンドン

古今東西の芸術とデザインに関する膨大なコレクションで知られるロンドンのヴィクトリア&アルバート(V&A)博物館で、現在開かれているのが「クマのプーさん」展。館長によれば、1852年の創立以来初の「親子のための展覧会」だそうです。
 

エリザベス女王のティーセットは「クマのプーさん」

うっそうとした森のように薄暗い会場には、物語の場面を子どもサイズで再現し、遊べる仕掛けがちりばめられています。プーたちが小枝投げを楽しんだ小川、プーが食べ過ぎて抜けられなくなったウサギ穴、フクロウの家の呼び鈴付きドア、プー横町に棒きれでたてたイーヨーの家などなど。
 

エリザベス女王のティーセットは「クマのプーさん」

Winnie-the-Pooh Exploring a Classic © Victoria and Albert Museum, London

 

エリザベス女王のティーセットは「クマのプーさん」

娘は2時間も遊びまわり、ベビーカーに乗ったとたんに昼寝。私はその後改めてゆっくり会場を周りました。
V&Aは、イラストレーターE. H. シェパードが鉛筆で手掛けたデッサンの世界最大のコレクションを有します。
 

エリザベス女王のティーセットは「クマのプーさん」

‘Bump, bump, bump’, Winnie-the-Pooh chapter 1, pencil drawing by E. H. Shepard, 1926
© The Shepard Trust

 
 
展覧会では原画に加えて準備段階のデッサンも展示し、作家A. A.ミルンとシェパードの親密なコラボレーションを解き明かします。シェパードは、ミルンの別荘とアッシュダウンの森を訪れてプーの森の地図を描き、これが物語の設定を決める「資料」になりました。プーのモデルは、ミルン夫妻が一人息子クリストファー・ロビン・ミルンの1歳の誕生日プレゼントに、ハロッズで買ったテディベアでした。
 

エリザベス女王のティーセットは「クマのプーさん」

Photograph of A. A. Milne and Christopher Robin, ca. 1925-1926 © National Portrait Gallery

 
 
これと同じファーネル社製のテディベアのほか、コブタやロバのイーヨー、カンガルー親子のモデルになったクリストファーのぬいぐるみも展示されています。シェパードはロンドンのミルン家に招かれ、これらのぬいぐるみを詳細にデッサンしました。ただしプーだけは、自分の息子のシュタイフ社製テディベアをモデルにしたそうです。

『クマのプーさん』は1926年に出版されると大好評を呼び、ゲームや着せ替え人形などさまざまな関連商品を生み出します。同年生まれのエリザベス女王にはティーセットが献上されました。史上最もやんごとなきキャラクターグッズの実物も、王室から貸し出されて公開されています。
 

エリザベス女王のティーセットは「クマのプーさん」

Christopher Robin ceramic teaset presented to Princess Elizabeth, Ashtead Pottery, 1928 photograph courtesy Royal Collection Trust © Her Majesty Queen Elizabeth II 2017

 
 
ふと気が付けば、会場には子ども連れに混ざって、50年後のクリストファー・ロビンといえそうな男性たちが、原画を熱心に鑑賞している姿も目立ちます。
 

エリザベス女王のティーセットは「クマのプーさん」

Line block print, hand coloured by E.H. Shepard, 1970 © Egmont, reproduced with permission from the Shepard Trust

 
 
彼らと違って、私がプーと出会えたのは最近のこと。子どもの頃の私は、『長靴下のピッピ』とか『ふたりのロッテ』とか、強くて賢い女の子が活躍するお話に夢中で、同じ少年文庫の棚にあったまぬけな名前のクマの本には興味が持てませんでした。
ところが一昨年の秋、ロンドン市内で引っ越すとき、娘をかわいがってくれていた隣人のおばあさん(彼女もエリザベスさんです)が、プーさんシリーズの1作目である詩集をお餞別にくれました。彼女の書棚に長いことあったのか色あせた表紙には、見覚えのあるクマの小さな後ろ姿と、『ぼくたちがとてもちいさかったころ』という題名。
 

エリザベス女王のティーセットは「クマのプーさん」

「二度と戻らない古き良き時代」という郷愁が込められているようで、娘が人生最初の1年半を過ごしたノッティングヒルを離れることに、感傷的な気持になりました。
ミルンがこの詩集の続きとして書いた短編集『クマのプーさん』。最終話で家路に着きながら「朝起きたときにまず考えること」を話し合うプーとコブタのやりとりは圧巻です(この場面で夕日に向かうプーとコブタの後ろ姿の挿画を墓碑に刻んでほしいと、ミルンはシェパードに頼みました)。

「けさのごはんは、なににしよ? ってことだな。」と、プーがいいました。「コブタ、きみは、どんなこと?」
「ぼくはね、きょうは、どんなすばらしいことがあるかな、ってことだよ。」
プーは、かんがえぶかげにうなずきました。
「つまり、おんなじことだね。」と、プーはいいました。
 

エリザベス女王のティーセットは「クマのプーさん」

シリーズ最終作『プー横町にたった家』の最後では、学校に上がるクリストファー・ロビンが、「なんにもしない」ことができなくなるとプーに宣言し、森を出ます。語り手は慰めるかのようにこう締めくくります。「あの森の魔法の場所には、ひとりの少年とその子のクマが、いつもあそんでいることでしょう」。

子ども時代は過ぎ去りますが、その思い出は永遠です。大人になって久しい今、やっと魔法の森に迷い込んだ私には、「なんにもしない」に没頭できた頃がただまぶしくて、2歳でプーに出会えた幸運な娘にも、そんな時代を満喫してほしいと願うのです。
 

エリザベス女王のティーセットは「クマのプーさん」

*引用は『クマのプーさん全集―おはなしと詩―』(岩波書店)の石井桃子訳によりました。

 

 
 

Posted by 清水 玲奈

清水 玲奈

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Reina Shimizu
執筆家・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。