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ギリシャの羊飼いに教わったこと Posted on 2017/10/03 清水 玲奈 執筆家・翻訳家 ロンドン

私が父を亡くしたのは3年前の秋、娘がおなかにいるときでした。翌春に生まれた娘が2歳になり、これからの子育てについて考えるとき、父から一人娘の私が教えられたことについて、改めて振り返るようになりました。
 

ギリシャの羊飼いに教わったこと

団塊の世代の新聞記者だった父は、いつも狭い借家の食卓で原稿用紙のマス目を鉛筆で埋めていました。その後ワープロへ、パソコンへと書く道具は変わりましたが、家中に本が置いてあって、寝転んで読むのは死ぬまで変わらない習慣でした。
彼が80年代に書いた「羊飼いの村で」という記事があり、今も中学の教科書に載っています。それはこんな内容です。記者がギリシャの村のカフェで出会ったおじいさんは、文明の波が押し寄せた村で、羊飼いをやめて、夜のテレビ放送だけを楽しみに退屈な一日が過ぎるのを待つようになったといいます。記者は「老人はそれまでは本当は退屈ということも知らなかったのではないか」と考えます。「時間と太陽だけはあまりあるほどあって、それが幸福というものだった」と。
 

ギリシャの羊飼いに教わったこと

さらに、その村で最後の羊飼いとなったおじいさんにも出会います。「羊飼いにとって大切なものは昔から何も変わっていない」と彼は語ります。「雨が降って、草が生えてくる。その草を大切に育てて、羊が飢えないようにする。何千年も前から同じことだ」。

だれもが同じ流行を追いかける消費文化や娯楽と引き換えに、そんな「大切なもの」を見失わせてしまったのが現代文明なのです。過去への回帰ではない新しい道を考えることが、次世代によって可能になるだろうと、文章は締めくくられています。
 

ギリシャの羊飼いに教わったこと

ふだんの父はおしゃれやおいしいものが好きで、人は好いのに愛情表現や人づきあいが苦手。そして、親らしからぬ人でした。私が勉強していると自慢気に「小学校には行かず、草野球ばかりしていた」と語り、「努力しないで成功するのがかっこいいんだ」とうそぶきました。
私が高校生になると、夜更けに部屋に入ってきて、昔恋人にもらったラブレターを見せてくれたこともあります。
それでも、私がロンドンやパリに暮らすことについては、はっきり言うことはなくても応援してくれました。
 

ギリシャの羊飼いに教わったこと

学校にも会社にも、夫や親という役割にもなじめず、またヨーロッパ好きの父だったからこそ、私の気ままな生き方が理解できたのかもしれません。ロンドンで就職が決まって実家を出る私に、父はおめでとうも言わず「社会人になっても本を読まなきゃだめだ」と、みすず書房の分厚い翻訳書を2冊くれました。

定年を迎えた父は、母とふたりで東京から北海道に渡り、「時間と太陽だけはあまりあるほどある」暮らしを送りました。いつも東西の古典や歴史書を読み漁っていましたが、もう書くことはありませんでした。
 

ギリシャの羊飼いに教わったこと

そんなころ、私の著書が出てそれなりの反響を頂くと、父が私に言ったのは「古代ローマの皇帝は凱旋パレードで、有頂天にならないために『死を忘れるな』と側近に耳元でささやかせたんだって」。父にほめられた記憶がなく、今度こそはと期待していた私はがっかりしました(後で母が、「陰では何度も読み返して、なかなかいいと言っていた」と教えてくれました)。

父はやがて不治の病を患います。すると、むしろ死ぬことにほっとしたかのような様子で、さっさと身辺整理を済ませてしまいました。私が里帰りして妊娠を報告すると、冗談で返しつつもうれしそうでした。そして私がパリに戻った3日後、永遠に旅立ちました。
 

ギリシャの羊飼いに教わったこと

今の私は、かつて家で原稿書きをしていた父と同じように、娘をリビングで遊ばせながら、ラップトップで仕事をしています。その合間に、「このほんごろんしてよむ」と絵本を持ってくる娘と一緒に寝転んで本を読む日々。ふと聞こえてくるのが「死を忘れるな」という言葉です。

父は私に、「いつか終わる人生だからこそ、平和な日常生活を大切にして、過去から未来へと引き継がなくてはならない」と伝えたかったのかもしれません。かつてギリシャの羊飼いから教わったように。
 

ギリシャの羊飼いに教わったこと

(出典:清水克雄『文化の変容―脅かされる知と人間』人文書院刊)

 
 

Posted by 清水 玲奈

清水 玲奈

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Reina Shimizu
執筆家・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。著書に『世界の美しい本屋さん』など。ウェブサイトDOTPLACEで「英国書店探訪」を連載中。