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「ロシアのお嬢様接待ドリームチーム」後編 Posted on 2017/01/09 船橋 知世 ガイド・コーディネーター パリ

「ロシアのお嬢様接待ドリームチーム」後編

ある夏の日、私は突然マリアに呼び出された。
怪しいエストニア人旅行業者であるマリアの依頼によって、大金持ちのロシア人お嬢様ダーシャの超豪華パリ滞在をアテンドすることになる。しかし、ただのアテンドではなかった。マリアは私に超有名スタイリストという仮面を被らせた。お嬢様の撮影をコーディネートしたり、買い物に付き合ったり、ダーシャを満足させることが特命であった。もちろん、ビジネスとして。
一人じゃ無理。私はまずカメラマンの彼氏に相談をした。
そして周りの友人を次々巻き込み、お嬢様接待ドリームチームを結成することになる。
(前半はこちら→「ロシアのお嬢様接待ドリームチーム 前編」

「ロシアのお嬢様接待ドリームチーム」後編

そして、いよいよ5日間に及ぶダーシャお嬢様のパリ・フォトシューティングがはじまった!

ドリームチームは五つ星ホテル、プラザ・アテネ・パリのロビーに集合した。
オーガナイザーのマリアをはじめ、フォトグラファーのマウス、フォトアシスタントのケネス、ヘアメイクのエイプリル、そして私。
マリアのパートナーであるアンドレスは運転手兼料理人として駆り出されていた。

「ロシアのお嬢様接待ドリームチーム」後編

ダーシャは今すぐ撮影をはじめたいと騒いでいる。
マリアが「ダーシャはお嬢様なので、長い仕事はさせられないからね」と耳打ちしてきた。
ホテルからタイミングよくウェルカムシャンパンが届き、乾杯。
よそよそしい雰囲気の中、私の恋人、マウスが一声をきった。
「僕はただのモードな写真を撮りたいわけじゃない。今後、君の一生の間にいつ見てもタイムレスに美しいと思える写真を撮りたい。そしてそれを印刷して一冊のアルバムにすることが今回の目的だ。最高峰の手法で現像するシルバープリントの写真も添えさせてもらうよ。今日からの5日間よろしくね。」

私だってそんな風に言われてみたい。なによ、と思うほどに憎たらしい挨拶だった。
でも、ダーシャは無邪気に喜んでいる。マリアがその横でほくそ笑んでいる。自分の恋人をとられたような気持ち。私だけがむっとしている。
お金のためだ、割り切るしかない。

「ロシアのお嬢様接待ドリームチーム」後編

我々はギャラリー・ラファイエットの屋上へと向かった。
エッフェル塔とオペラ座を見渡せるパリらしい撮影場所である。ダーシャは大満足だった。

アシスタントのケネスがレフ板やら機材を持ち、マウスがカメラを設置した。本格的な撮影がはじまる。
偽物のスタッフらが本物っぽく動きまわって芝居する。ダーシャはモデルになり切っている。
まずまずの滑り出しだ。
カメラマンのマウス以外、ここにいる連中はプロじゃない。偽者集団なのである。
お金のために集まったインチキドリームチームだ。

「ロシアのお嬢様接待ドリームチーム」後編

我々はダーシャが馬好きであるという情報をキャッチ、ブローニュの森の乗馬場をレンタルしていた。
馬に乗れると聞いてダーシャお嬢様は上機嫌。マリアが横でほくそ笑む。
しかしパリは大渋滞、乗馬場のキープ時間は1時間なのに予約時間を過ぎての到着となった。
しかも受付で「予約が入っていない」と言われてしまう。
どうやら違う乗馬施設に来てしまったようだ。
今から現場に向かったとして撮影は不可能。焦ったマリアはいきなり車へ戻り、トランクからシャンパンボトルを取り出し戻ってきた。
そのボトルを受付の人に強引に押し付け「お願い、少しでいいから馬を貸して!!」と猛烈にアタック。
圧倒された受付係は「今からランチにでるから、その間なら使ってかまわない。」としぶしぶ同意。
まさかの別場所で撮影開始となった。

ダーシャは毎日モスクワで馬と触れ合っているだけあって、表情はナチュラル、撮影は好調に進んだ。
いいねいいね、可愛いね。嘘つき集団が撮影の雰囲気を盛り上げる。私は忙しそうに動き回る。
ヘアメイクのエイプリルが、綺麗よ、ダーシャ、とお世辞を言う。
マウスが、その笑顔、最高じゃん、とシャッターを切る。レフ板を持ったケネスがあくびをしている。その隣でマリアがほくそ笑む。

いったい幾らぶんどるつもりなんだろう?

「ロシアのお嬢様接待ドリームチーム」後編

ヴェルサイユ宮殿に隣接したマリー・アントワネットの離宮、プティ・トリアノン&愛の宮殿での撮影となった。

他人の髪など触ったこともない私が、ダーシャのスタイリングをはじめた途端、ブラシに髪がからまり取れなくなるという信じがたいハプニング発生。さすがに焦った。彼女の頭髪がちりちりになっていく。
マリアが近づいてきて、髪の毛に絡まったブラシを睨みつける。
あんた何やってるの? と耳打ちしてきた。私は笑ってごまかすしかなかった。
まだ? とダーシャ。はいはい、今すぐ、パリコレ風に仕上げていますので!

撮影の合間、私の横でマリアが独り言をつぶやきはじめた。

「まだエストニアに住んでいた頃にね、旅行会社で働いていたの。80年代半ばに旅行アテンドとして行ったハワイで衝撃をうけたわ。お客様たちと行った夜のフラダンスショーは絢爛豪華で素晴らしかった。アメリカ本土から来た人たちのゴージャスな服装を見て驚いたし、祖国エストニアがあまりに小さい世界であることを実感させられた。世界に出なきゃ、と私は思った。エストニアはいつかソ連に征服される。私たちはいつもびくびくして生きてきた。当時、私は夫の両親がくれた家に住んでいて、目の前に畑があったわ。長年大事に守ってきた畑だったけど、畑仕事に疲れて全部芝生に変えてしまった。しばらくたってソビエト連邦が崩壊した。もっと外の世界を見たいと思ったの。英語も勉強し、夫とも別れた。そして、フランスに一人で渡ってきたのよ。アンドレスとここで恋に落ち、旅行会社を立ち上げた。嘘もつく。なんでもやる。でも、私は上を目指している。もうエストニアには戻らない」

「ロシアのお嬢様接待ドリームチーム」後編

5日間の撮影が終わろうとしていた。

最終日、ダーシャが滞在しているプラザ・アテネ・パリでの撮影となった。この日のために特注したというピンクのドレスは大量のクリスタルが刺繍された超ゴージャスなドレスであった。
マリアが幾ら払ったのか想像もつかない。
シャンデリア煌めく、豪華なボールルームで撮影開始。5日間に及ぶ慣れない撮影に、ドリームチームもダーシャお嬢様もマリアもみんな疲れていた。
ダーシャが椅子にもたれかけ、暗く抑えた照明の中、言葉少なに撮影が続けられた。
マウスが切るシャッター音だけが会場に響き渡っていた。やる気のないドリームチーム。
日本人の私はここで何をしているのだろう?

「よし、終わった。お疲れ様」
マウスが撮影終了を宣言し、5日間に及ぶ嘘の撮影ツアーは終了となった。
ダーシャは可愛らしい微笑みを浮かべた。偽物スタッフも微笑み拍手を送った。
その後ろで、マリアが一人ほくそ笑んでいた。
やれやれ、とにかくやり遂げることができたのだ。

「ロシアのお嬢様接待ドリームチーム」後編

今までさまざまな仕事をやってきたが、マリアから持ちかけられたお嬢様接待ほど危険で楽しい仕事はなかった。
幸いなことにダーシャのために作ったアルバムの完成度は飛びぬけてよかった。
アルバムを見たダーシャは「私もパリでモデルになれるかな。」と言った。
私は心の中で「二度とやりません」と誓っていた。

マリアはいったいダーシャから撮影代として幾らせしめたのだろう?
花の都、パリというところは不思議だ。こういうでたらめが普通にまかり通る。そこで潰れる人もいる。そこでマリアのように這い上がる人もいる。
私? さあ、とにかくマウスに愛されたい。今度は私の写真を撮ってほしい。

私はもうしばらくパリで頑張るつもりだ。

Posted by 船橋 知世

船橋 知世

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Tomoyo Funabashi
ガイド・コーディネーター。群馬県出身。フランス在住13年。もともとフランスの地方に住んでいて、最初からパリに興味があったわけではないのですが、舞台美術と衣装デザインの仕事の関係で2011年よりパリに住むことになりました。アート、グルメ、ファッションなどあふれるパリの素晴らしさに触れ、ヨーロッパ史等を勉強していくうちに「ガイドの仕事が向いている」ということに気がつき心機一転。みなさんにパリを楽しんでいただけるよう、がんばります。