PANORAMA STORIES

Christmas StoryPosted on 2016/12/24  Posted by 渡辺 葉

「テロリスト! イスラムクソッタレ国に帰りやがれ!!」

広々としたグランド・セントラル駅内の広間に午後の陽が射し込み美しい影を落としている。
大聖堂を思わせる荘厳な空間を、罵声が貫いた。

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同時に短い悲鳴と鈍い音がして、大理石の階段の下に青いスカーフを被った少女がうずくまっていた。
階段の上に二十代と思しき白人の青年が憎々しげな表情で立っている。

「ちょっと」
 ひかるは、思わず割って入った。
「なんだお前」 
 白人の青年が薄ら笑いを浮かべ、ひかるをジロジロ眺める。
「お前は中国に帰れ」
 言葉が浮かばず、けれど自然に片足を引き、相手がかかってきたらいつでも防御できる態勢をとった。

幼少時からテコンドーの訓練をしてきたから、ひかるにとっては自然な動きだった。
でも、なんと返事していいのか判らなくて、相手を見据えるのが精一杯だ。
と、白人青年の表情が変わり「ファッキン・テロリスト!」と言い捨てて、いきなり踵を返して逃げ出した。

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え、俺そんなに怖そうかなあ・・・ひかるは一瞬嬉しくなりかけたが、次の瞬間、駅の構内を巡回している警官が人混みを分けて姿を現した。ひかるをジロリと一瞥し、警官は少女に話しかける。

「怪我は?」
「大丈夫です」
「救急車を呼ぶ必要は?」
「・・・ないです」
 そうか、と頷くと警官は周囲をさっと眺めた後、腰の拳銃に手をかけ悠然と立ち去った。
「きみ、大丈夫?」 
 近づくと、少女は少し足を庇いながら立ち上がった。
「うん」 
 少女の目は緊張した猫のように瞳孔が開いていた。

遠巻きに眺めていた人々が去り始める。
往来の多い階段のすぐ下で、人々の波が少女とひかるを押しながら蠢きはじめた。

「ちょっと、あっちに行こう」 
 そう提案すると、少女は小さく頷いた。

長距離電車のホームにつながる出入り口を避け、切符売り場の手前の壁のそばに、二人で座り込んだ。

「大丈夫?」
 って、もう聞いたんだっけ。他になんと言っていいのか判らない。でも今度は少女が問う番だった。
「あんた、何」
 そう聞かれて、ひかるは緊張した。
「学生なの暇なの?」
 そこかよ!! ひかるは思わず笑い出した。つられて、少女も笑い出した。

お前は何者なのか。
それは、ひかるが生まれてからずっと聞かれ続け、自分でも考え続けてきたことであった。

「うん。学生で、これからバイト行くとこ・・・でもちょっとだけ時間あったんで」
「ちゅうごくの人?」

ひかるの母は韓国の血筋を引きながら日本で育ち、帰化した「元在日」である。父はイラン系の血を引くスイス人で、キプロス島で育った。文化人類学者の父が奈良遺跡に興味を持って訪れ、奈良市内の喫茶店で働いていた母と恋に落ち・・・そしてひかるが生まれた。
ひかるは、髪も瞳も黒い。顔立ちは西洋人から見ると「アジア人」に見えるらしいのだが、日本では「ガイジン」扱いされる。国籍上は「日本人」だが、お前は何者かって言われると・・・、簡単に言える答えを、今まで、ずっと探し続けてきた。

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自分の出自をかいつまんで教えると、少女は目を輝かした。

「ペルシア系なのね! あたしもペルシアの血が流れてる・・・」

現代ではイランと呼ばれる地域は、昔はペルシアと呼ばれていた。
その地域からきた人々は、「イラン」の名称も使うが、今でも誇りを持って「ペルシア」という言葉を使う。
ひかるの脳裏に、昔父が見せてくれた古都の絵が蘇った。

「だけどニューヨーク生まれ、ずっとこの街で育ったのに。イスラム国なんて知らない」
 イスラム教徒っぽい格好の人がいちいちイスラム国から来たなんて考えるのも乱暴な話だよな・・・。
アメリカで暮らすのは初めてのひかるも、さすがにそう思う。

社会に出る前に世界を見てみたい。
ひかるは、そんなふわふわした気持ちで、語学研修がてら、数ヶ月米国に住んでみることにした。
ところがその週はなんと大統領選挙で、当選確実と思われていた女性候補が破れ、攻撃的な口ぶりだけが印象に残る男が当選した。
出自で差別される不条理さは、昔から知っている。

「あのさ、人類はみんなアフリカ大陸で生まれて、そこから散らばったんだって」
 父の書斎で見た人類の進化図を思い出しながら、ひかるは言った。
「みんないろんなところから来たんだ。いろんな遠いところから」
「あたしはテロリストじゃない」
 少女は眉をひそめて、じっと前を見つめながら言う。
「わかるよ」 
 何かもっといい言葉はないだろうか。もどかしい気持ちを手繰りながら、ひかるは呟いた。

突然、駅構内のざわめきを縫って、澄んだ声色が聴こえてきた。
コンコース中央の時計台のそばに数人の男女が立ち、合唱しはじめた。
ひかるの知っているクリスマスの歌ではないけれど、賛美歌である。行き交う人の波をその歌声が縫い、
星空の描かれた天井に昇っていくのを、少女とひかるは黙って耳を傾け、みつめていた。

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Posted by 渡辺 葉

渡辺 葉

Yo Watanabe
作家・米国弁護士。東京生まれニューヨーク在住。著書に「ニューヨークの天使たち。」「ふだん着のニューヨーク」、翻訳書は父椎名誠と共訳「十五少年漂流記」など多数。2016年から米国弁護士(ニューヨーク州&ニュージャージー州)。