PANORAMA STORIES

春をじっと待つクマのように。 正しい冬の過ごしかた Posted on 2018/02/08 町田 陽子 シャンブルドット経営 南仏・プロヴァンス

春をじっと待つクマのように。 正しい冬の過ごしかた

この時期、そろそろ春だなぁ、と南フランスにいて思うのは、1月中旬過ぎから咲き始めるミモザの花と、山羊の休暇の終わりを告げる、チーズ農家からの便り。

そう、山羊もヴァカンスを取るのがプロヴァンス。妊娠休暇といったところで、戦力の山羊たちが休むからには商売もできず、チーズ農家はどこも11月から1、2月は完全閉鎖となる。子どもを産み、せっせとお乳を出して美味しいチーズづくりに貢献し始める春をじっと待つのである。

山羊だけでなく、この地では、ホテルもレストランも店舗も、冬は長期で閉めるところが多い。先日もオート・プロヴァンスの陸の孤島、ムスティエ・サント・マリー村の陶器屋さんが、「Yoko、1月は例年通り一ヶ月休むから、会えるのは2月以降ね。え、行き先? 今年はレユニオン島よ。この村の1月は冷え込むから、暖かいところでゆっくりするの」と言ってきた。
 
 
まるでクマが冬眠するように、冬季は静かに過ごす人も多い。ひっそりしているから留守かと思えば、煙突から暖炉の煙がもくもく出ている。暑い夏に備えて、冬は体力温存、ということか。漢方医学では、冬はエネルギーをできるだけ使うな、ひたすら養生せよといわれることを知り、おぉ、プロヴァンス人はその意味では優等生だと膝を打った。
我々人間だって、動物の一種であり、自然の一部。1年中、同じペースで勢力的に活動しなければならない、という思い込みは捨ててもいいのかもしれない。

春や夏はエネルギーを放出し、秋冬は温存する。と同時に、本を読んだり思いをめぐらせたり。立ち止まって、思案する季節でもある。
 

春をじっと待つクマのように。 正しい冬の過ごしかた

冬の間、フランスでは決まったお菓子をよく食べる。どれもキリスト教に由来するもので、たとえば、新年明けには、公現祭のガレット・デ・ロワ。これは、イエスの誕生を祝ってやってきた東方三博士にまつわるお菓子(一般的には折りパイにアーモンドクリームが入っているタイプだが、プロヴァンスはブリオッシュ)。

クリスマスの40日後にあたる聖燭祭の2月2日は、ロウソクを持って教会へ参列するシャンドゥルールの日。現在は、もっぱらクレープを食べる日いう認識の人がほとんどだろう。

そして、2〜3月、謝肉祭(カルナヴァル)に欠かせないのが、揚げ物の粉菓子に砂糖をふったもの。プロヴァンスではオレイエット、リヨンではビューニュなどと、地方によって名前が変わる。

同じ食べ物でも、地方によって名前が変わったり形状が変わったりするのはフランスではよくあるが、シャンドゥルールの日にクレープではなく、ビスケットを食べるというのは、フランス広しといえどマルセイユだけかもしれない。
 

春をじっと待つクマのように。 正しい冬の過ごしかた

ビスケットといっても、小舟をかたどった「ナヴェット」でなければいけない。なかでも、シャンドゥルールのミサを厳かに行うサン・ヴィクトール修道院の向かいにある、フー・デ・ナヴェットという創業1781年の老舗のものが有名だ。7、8センチもある長細いこの店のナヴェットは一つ50グラムもある。この日に12本買って、毎月一つ、1年かけて食べるのが正しいいただきかただが、とてつもなく硬い。極硬の乾パンといった風情である。
 



春をじっと待つクマのように。 正しい冬の過ごしかた

今回は、もう少し歯にやさしいナヴェットのレシピをご紹介しよう。
バターのない国 “プロヴァンス”では、お菓子もオリーブオイルが基本。
ダヴィッド曰く、「これは、南仏人なら誰もが郷愁を感じずにはいられないお菓子。バターが入っていないから長持ちするし、太らない。庶民の町マルセイユらしい、究極にシンプルなビスキュイさ」。

太らないかどうかはともかく、小麦とオレンジの花の香りがふんわり口の中で広がり、その穏やかなやさしさに癒される。飽きのこない素朴な味だ。
 

春をじっと待つクマのように。 正しい冬の過ごしかた

プロヴァンスのナヴェット
Les Navettes Provençales à l’huile d’olive

<材料> 20個分
薄力粉 500g
グラニュー糖 200g
オリーブオイル 大さじ6
オレンジフラワーウォーター 大さじ3
オレンジの皮のすりおろし 大さじ1
卵 2個
塩 ひとつまみ
牛乳 少々

<作り方>
①卵と砂糖を泡立て器で混ぜ合わせ、オリーブオイル、オレンジフラワーウォーター、塩、オレンジの皮のすりおろしを加えて、さらによく混ぜる。

②❶に、3回に分けて薄力粉を加え、まずはヘラで混ぜ合わせ、最後はしっかり均質な生地になるまで手で混ぜる。

③生地をボールに入れ、ふきんをかぶせて常温で1時間寝かせる。

④❸の生地をひとつ約20gの小さなボール状にし、その後、手のひらで転がして細長く形づくり、小舟形に整える。オーブンの天板にクッキングペーパーを敷き、その上に生地を並べ、包丁かヘラで中央に筋を入れる。
 

春をじっと待つクマのように。 正しい冬の過ごしかた

⑤並べた❹の上に刷毛で牛乳を塗る

⑥余熱で温めておいたオーブン(180℃)で約20分焼く。
 

春をじっと待つクマのように。 正しい冬の過ごしかた

フー・デ・ナヴェット風を目指したら、こんな巨大になってしまった。

謝肉祭が終われば、復活祭。その頃には、プロヴァンスは春を通りこし、初夏を思わせる陽気となっている。樹々は芽を吹き、花々が大地からわき出てくる。

再生の季節。
新しいページをめくり、まっさらな新しいページに踏み出す季節。だからこそ、いまは慌てず、怖れず、体力と知力を温存しておくのがいい。じっくり淹れた美味しい一杯のコーヒーとビスケットで、ひと休み。そんな贅沢な時間を過ごすとしよう。
 



Posted by 町田 陽子

町田 陽子

▷記事一覧

Yoko MACHIDA
シャンブルドット(フランス版B&B)ヴィラ・モンローズ Villa Montrose を営みながら執筆を行う。ショップサイトvillamontrose.shopではフランスの古き良きもの、安心・安全な環境にやさしいものを提案・販売している。阪急百貨店の「フランスフェア」のコーディネイトをパートナーのダヴィッドと担当。著書に『ゆでたまごを作れなくても幸せなフランス人』『南フランスの休日プロヴァンスへ』