PANORAMA STORIES

生きる場所を探す旅に出ています Posted on 2019/01/23 町田 陽子 シャンブルドット経営 南仏・プロヴァンス

ピルーピルピルピルピルー
くちばしと目の周りが黄色い鳥たちが、ぴょんぴょん飛び跳ねながら白い砂浜のあちこちでさえずっている。

いま、休暇でタイに来ている。去年に引き続き、この冬のヴァカンス先はタイ。そう、私たちのヴァカンスはいつも真冬。南仏で観光業に携わる者の宿命だ。春のイースターから11月までめいっぱい働いて、みんな1月や2月に一か月ほどの休暇を取る。行き先は暖かくて物価が安い場所、中南米や東南アジアが人気だ。

私たちが2年続けてタイに来たのにはわけがある。10年以上前から、いつかプロヴァンスと日本と東南アジアをトライアングルで暮らしたいと夢見てきたのだが、そろそろ、東南アジアのどこにするか、という重大な懸案事項に取り組むことにしたのである。
 

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プーケットの屋台

 
二人きりの視察旅行。まずはフランス人移住者も多く、医療の不安がないといわれるタイからスタートした。去年選んだ行き先は、タイのクラビとランタ島。クラビには小さいながら国際空港もある。そこから車でアクセスできるランタ島はクラビに比べて観光客が少なく、のんびりした雰囲気が気に入った。ただし物価はものすごく上がっていたけれど。
カフェレストランを経営しているニース人にも出会い、生活・仕事環境の聞き取りもできた。家も見せてもらった。40代の彼は半分リタイアのつもりでタイにやってきたが、タイ人は予想以上に働かず、汗水流して働いているのは自分一人、という計算外の状況とのことでちょっと気の毒だった。
 

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クラビの小さな市。マルシェはどこに行っても楽しい

 

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ニース人がランタ島で作るサラダ・ニソワーズ

 
さて、今年は、親しくしているフランスのシェフに勧められプーケット島を拠点にしたのだが、人が多すぎて辟易してしまい、1週間で出ることにした。じつはプーケットには25年ほど前に何度か来たことがある。ジャングルのような樹々に囲まれた安くていい宿が気に入って通ったが、その後かなり開発されたと聞いていた。最初は気が乗らなかったが、年間で家を借り、年に3回は来ているほどこの島が気に入っているというシェフの強いススメに負け、これも何かの縁だと思い、やって来た。でもやっぱり、好みは人それぞれなのだ。

ホンダの125ccスクーターを借りて、拠点にした最南端のカタノイビーチから、静かなビーチをあちこち探し回ってみた。結論は、この南のどん詰まりが失礼な言い方だがいちばんましだった(人が多くて賑やかなところが好きじゃないだけで、プーケットに恨みはない)。
青いパラソルが二列に並び、ヨーロピアン達が横たわる。ざっと6割がロシア人、残りはその他のヨーロッパ人といったところ。真っ黒に日焼けしたフランス人夫婦がイタリア人夫婦と日がな1日食べる話をし、モデルのようなグラマーでかつスリムな若いロシア女性が大勢闊歩している。
コートダジュールと言われれば、一瞬信じてしまうかもしれない。後ろに控えるマッサージおばさん軍団をのぞけば。隣のビーチは9割が中国系の人たちで占められているのに、不思議だ。旅行会社の縄張りか何かなのだろうか。
 

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美女と物売りが行き交うプーケットのビーチ

 

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プーケット最南端

 
トライアングル生活の夢は、昔はぼんやりした夢でしかなかった。お金持ちのリタイア後の一つの選択肢というイメージがあったし、歳をとってから突然知らない国で生活するということにも一抹の不安があった。
それを現実的なこととして考えるようになったのは、フランスで暮らし、フランス人の生き方から少なからず影響を受けたからだと思う。

フランス人は冒険好きである。もちろん人によるが一般論として聞いてほしい。
パリダカールラリー、ツールドフランス、ノンストップの単独ヨットレース(ゴールデングローブレース)、約170kmを寝ずに走る世界一過酷なモンブランのトレイユレース(ウルトラトレイユ)など、スポーツの世界だけみても、アドベンチャー精神が発揮されたレースが目白押しだ。

そんな彼らが人生に大小のアヴァンチュール(冒険)を持ち込むのは当然のことと思われる。皆、旅が大好きで、若い時はバックパックで知らない国へ果敢に出かけ、年に一度は長期バカンスを楽しみ、リタイア後は物価が安くて暖かい地で暮らす人も少なくない(目下の人気はポルトガル)。キャンピングカーの保持率も欧州一らしい。
 

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プーケットの夜

 
ダヴィッドの妹夫婦はリセの美術の先生という堅い仕事を選んだ人たちだが、最初の赴任先希望地はカリブ海の植民地グアダループ、次はピレネー山脈のアンドーラ公国である(フランスの国家公務員である教員の赴任先は県単位ではない)。地元のトゥーロンを出て、もう10年以上になる。その間に生まれた二人の女児は現在、フランス語とカタルーニャ語を当たり前のように話している。
カリブの島を選んだ時、なんでまたそんな遠くに?と聞いたら、「地元の南仏は競争率が高すぎるし、希望を出さなきゃパリ郊外の非常に難しいエリアに配属されてしまう。だったら希望者が少ない場所で魅力的なところ、カリブ海の学校の方がいいじゃない? と思って。そんなとこで暮らす機会なんてそうそうないだろうし」と言っていた。

ダヴィッド自身も同様で、南仏、パリ、ニューカレドニア、日本、南仏とループしている。そんな話は身近な例でも掃いて捨てるほどある。

それと、プロヴァンスで暮らしていると、鳥と同じ自由さをわれわれ人間も本来持っているのだということを、日々の中で感じられる。自然の移り変わりや大地の鼓動の中で生きている一個の生物にすぎない、という感じがいつもある。それは、とてつもなく大きな影響を私に与えている。
 

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クラビの鄙びたビーチ

 
生きる場所は自分で決めればいい。生まれた地に足をつけ根を生やす生き方もすばらしいし、羽を広げて自由に飛び立つ生き方も素敵だ。

さて、プーケット島から飛び、バンコクに少し滞在して、列車にでも乗って北に行ってみようと思う。未来の小さな巣を見つける旅を続けよう。まぁ、たとえ実現しなくても旅そのものが十分楽しいから、それでもかまわないという気もしているけれど。
 

生きる場所を探す旅に出ています

プーケットにて

 
 

Posted by 町田 陽子

町田 陽子

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Yoko MACHIDA
シャンブルドット(フランス版B&B)ヴィラ・モンローズ Villa Montrose を営みながら、執筆・コーディネイト・講演を行う。毎年3月開催の阪急百貨店本店「フランスフェア」のコーディネイトもパートナーのダヴィッドと担当している。