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音楽家 三宅 純の感情漂流 Posted on 2017/08/24 辻 仁成 作家 パリ

音楽家 三宅 純の感情漂流

© Lafayette Homme

 
 
 2009年、ギャラリー・ラファイエット・オムの「2009年の男」に三宅さんが選ばれて、三宅さんのポスターがパリ中に貼られた時、僕も驚きました。ラファイエットの店内で三宅さんのCDが置かれてあった。大きなポスターとともに。

三宅 純さん(以下、敬称略) グレース・ジョーンズ黄金期のビジュアルを支えたことでも名高いジャン・ポール=グードが、グレースを含め今まで彼と深く関わった女性3人をミューズとして舞台作品にするという企画があったんです。ジャン・ポールが東洋と西洋の両方の音楽が分かる人を探しているということで、知人が彼に紹介してくれました。まだパリに移って数ヶ月の頃です。彼は長年にわたりギャラリー・ラファイエットのアートディレクターも務めていたのですが、今お話したような交流の中で、「2009年の男」としてギャラリー・ラファイエットに推薦してくれたんです。僕自身はこのご縁がある前から、パリに行ったら一番一緒に仕事をしてみたいと思ってた人がジャン・ポール=グードだったんですよ。

 あのポスターの印象は強烈だったなぁ。服装がとってもユニークで、まさに今目の前にいる三宅さんそのもの。丈が短めのパンツ、不思議な髪型。

三宅 ジャン・ポールはその独自のシルエットが推薦した理由だと言ってくれましたが、自分にとっては、着てるものから全てが日常そのままだし、普段から被写体活動をしてるわけではないし、ポスターを見てもなんか生き別れた弟の写真が出ているぐらいの……。そんな感じでした(笑)。

 なかなかないことですね。いきなりパリ中に自分のポスターが貼られることなんて。それは、道筋が一気にできた感じでしたか?

三宅 いえいえ… それなりの意味はあったのかもしれませんが、だからと言ってそこから一気に道筋が広がったというよりは、やっぱり音楽を通して、むしろピナ・バウシュやヴィム・ヴェンダースとの仕事の影響の方が大きかったと感じます。

 ヴェンダースとどうやって知り合ったのか興味あるなぁ。

三宅 ヴェンダースさんはピナ生前から記録映画を撮る準備をされていたのですが、彼女が亡くなってしまったことで一旦は断念、しかしダンサーたちの希望もあって制作を再開した。仕上げの時にピナの音楽監督がヴィムに呼ばれて、劇中音楽の相談を受けた。そんな中でピナが使ってきた楽曲の中から僕の曲が推薦され、結局メインの楽曲になったという経緯です。でき上がった編集をまずダンサーにだけ見せてチェックしてもらうという試写会があったのですが、ヴェンダースさんがその場に招待してくれて初めて顔を合わせました。その後、彼が立ち上げたヴェンダース財団のロゴにも音楽を付けさせて頂きました。MGMのライオンとか、Colombiaの自由の女神と同じように、劇場でヴェンダースさんの作品が上映される際には必ずそのロゴが頭に付いてきます。「短い音楽だけど永遠に残るよ」というのが殺し文句でした。

 では、ピナさんとはどうやってお知り合いになったのですか?

三宅 ピナのカンパニーには音楽監督が2人いるんですね。30~40年にわたる本当に長いキャリアの人たちなんですけど、彼らのうち1人は1年中新しい曲を探してる。もう1人はリハーサルを一部始終観察している。ピナは1年かけて新しい作品を作るのですが、演目の音楽が決まってくるのが最後の月の最後の2週間くらいなんです。つまり、すべての身体表現は音楽抜きで完成させられるんですね。最後の2週間で舞台全体の分量の新曲を作曲、録音、ミックスを完成させる時間はない。だから通常は既成曲のセレクションで成立させるわけですが、最後にどう思う? って言われた時に、はいっ、と曲を出す役職の人がいるわけなんです。僕も選曲されることから縁が始まりましたが、最後の方ではもう少しだけ踏み込んで創作に関わる機会をいただきました。

 音楽監督と言いますが、それはもう曲を作る人じゃなくて、セレクターみたいな感じ?

三宅 そうです、音楽監督が作曲家を兼ねることは少ないと思いますよ。それでピナと知り合ったきっかけですが、2004年、まだパリに来る前ですね、音楽監督の1人から国際電話がかかってきて、「この曲をダンサーから紹介されて、ピナ・バウシュが使いたいと言ってる。あなたの曲に間違いないですか? 曲名が知りたいのです。」と電話口で自分の曲を聞かされたんです。びっくりしながらも曲名を伝え、「ピナの作品が大好きなので光栄です、もし日本公演があるようならお会いしたいです」と付け加えました。何とそれからすぐに日本公演があって、ピナ本人や、音楽監督たちとも直接会う機会がありました。うちに遊びに来た音楽監督から「最近どんな音楽作ってるの?」と聞かれて聴かせた曲の中に、その後ヴェンダースさんの「ピナ」のメイン曲となった曲が入ってたんですよ。「持って帰っていい?」と聞かれて了承した。しばらくしたらピナが”Vollmond”という新作に使いたがっていると聞いて「それ、デモテープですけど」って言ったんですけど、そのまま使いたいということで、舞台ではずっとデモテープの音のまま使ってました。本来、あれはアート・リンゼイが歌うはずのメロディーをピアノで弾いてるデモテープで、実際にアートが歌ったバージョンはALVIVERDEというタイトルで”Stolen from strangers”という僕のアルバムに入っています。
 

音楽家 三宅 純の感情漂流

ピナ・バウシュ、三宅 純、マリオン・スィートー(衣装デザイナー)

 
 
 では、映画音楽についてお聞きします。CMソングとは全然違いますよね? 監督がこういう音楽作って欲しいという依頼が最初にあるわけで。最初から具体的に指示を出してくる監督って少ないですよね? 監督は専門的なイメージのある音楽監督にアドバイスを求めたがります。そこからの話し合いが長い。ご苦労もたくさんあったことでしょう。

三宅 うーんそうですね、音楽監督は別にいて、僕自身は作曲家というケースが多いのですが、最初から具体的に指示を出してくる監督とも何人かご一緒したことがあります。CMに関してもフレーム単位のかなり細かい指示を受けて作曲する仕事が多いです。映画は最終的に監督のものだという認識があるので「音楽的創造性を追求する場にしてしまってはいけないのだ」とまずは自分に言い聞かせます。言い聞かせた上で、画に対してどれくらいの距離を取り、どういう角度から音を付け、画と合体した時にどういう役割を果たすべきか、というようなことを考えます。映画音楽に関わる時は1本大事な骨を抜くことを心がけるようにしてます。つまり、役者がセンターにいるから、音楽がそこで全部語っちゃうと映画全体が情報過多になる。僕は音楽そのものがすごく好きだから、本来骨の抜けた音楽は得意じゃ無いので、そこのバランス感覚に気をつけるようにしています。

 最近の映画の傾向として、映画の中に音楽を使わない人たちが増えてきてる。とくにアート系の映画ではそれが割と主流になってるし、音楽の重要性は分かりつつも、音楽を入れるところが難しいという人たちも多くなってきてるんじゃないか。

三宅 最近のハリウッドものなんか、もうトーンが均一化されすぎちゃっていて面白い映画音楽が少ない気がしますよね。それこそ昔のように、ヒッチコックにはバーナード・ハーマンとか、フェリーニにはニーノ・ロータとか、ディヴィッド・リンチにはアンジェロ・バダラメンティとか。それくらいキャラクターのはっきりした人がいる場合は納得できるんだけど、今は本当に特徴のない背景音楽的なものや、過剰な盛り上げを狙った音が多くて。担当してる作曲家の名前も、またこの人っていう感じでしょ?実はそのよく目にする作曲家自身が実際手を下しているケースは少なくて、若手に下請けさせてファクトリー化してるんですよね。それが映画音楽をつまらなくしている原因でもある。僕はそんなにたくさん映画音楽をやってるわけじゃないですけど、最近ではアメリカで2017年4月14日公開になったリチャード・ギアー主演の『ノーマン:ザ・モデレート・ライズ・アンド・トラジック・フォール・オブ・ア・ニューヨーク・フィクサー(原題) / Norman: The Moderate Rise and Tragic Fall of a New York Fixer』という映画のオリジナルスコアを担当しました。この映画はとても音楽のウエイトが高いんです。
 
 

音楽家 三宅 純の感情漂流

Norman: The Moderate Rise and Tragic Fall of a New York Fixer (Sony Picture Classics)
註:公式トレーラー内に出てくるジャズドラム的な音源は三宅氏のものではありません。

 
 
 どう違いますか? 音楽のウエイトが高い方が嬉しいですか? 背景としての音楽を作るのは苦手でしょうか? 三宅さんの音楽はそのものが非常に個性的なので。

三宅 音楽のウエィトが高いのは幸せなことです。今回の映画「ノーマン」に関しては「きちんとしたメロディーがあってほしい、音楽単体で成立できるようなサウンドトラックを」という嬉しい依頼でした。向き不向きで言えば背景音楽よりは、そういう方が向いてる気がしますが、いずれにしても最初からきっちりと線引きしたオファーがあれば良いです。どちらかに徹すればいいから。でも映像だけ見た時は音楽つけるのはとてつもなく難しい作品だなって感じた映画でした。

 できた映画に音を付けるんですか? 最初から作るんじゃなくて。

三宅 そうですね、そういうケースが多いです。逆にしてくれたら楽かもしれないけど(笑)。でも脚本だけでは分からない、映像の持つニュアンス、色調、肌合い、温度、テンポ感などを感じながら曲を書いた方がより親密な表現ができる気がします。

 なるほど。僕は最初に頼むんですよ。スケッチだけちょうだいとさりげなく言って。

三宅 そうですか。それはフェリーニのやり方ですね。

 スケッチをいっぱいもらって、そのスケッチを当てはめる時にまた「やっぱり、もう1回作り直して、こういうのがいいな」ということになります。

三宅 なるほど、組み易すさと組みにくさが微妙に配合されたタイプの監督かもしれませんね。できた映像に音をつける場合、結果的に23分4秒3フレームで映像のカット代わりと合わせてくれとか言われる……。その通りやるにはやりますよ、技術的には可能ですけど音楽の流れとしては不自然なものになるのは確かです。映画の規模が大きくなるとミュージックエディターという、その手の調整を専門にする人がいますからね。監督が全てを試さないと気が済まないような人の時は、デモの段階からミュージックエディターが入ることもあるし。

 監督の要望は普通、非常にサディスティックなものですから、ストレスもあるでしょうね?

三宅 ストレスは高いといえば高いです。本当に個性的な人ばっかりだから。それでも、はっきりしてる人、あとから意見が変わらない人はいいんです。一番ストレスが高いのは、意見がコロコロ変わる人ですね。フランスの監督はものすごく迷う人が多い。一旦「ブラボー! マエストロ!」って言って握手してハグして帰ったのに、翌日になって「やっぱりさぁ…」って人結構いるんです(笑)。

 分かります(笑)。先日、三宅さんのドキュメンタリーを見ましたが、音楽に向かわれる三宅さんの真剣な姿勢すごいですね。集中の仕方とか、ちょっと異常なほどに…。

三宅 自分のやり方しか知らないのでなんとも… でも引きこもって音楽に向かう孤独な時間はとても幸せです。曲を書くこと自体は、どんな曲でも数時間あればできちゃうんです。僕の方で受け取る体制ができてればzip file状になって届きます。ただ、それを実際どんな音場を想定して管弦楽化するか、どのようなキャスティングと手順で生楽器を録音するか、ミックスの傾向をどうするか、そうしたことの調整にはそれなりの時間がかかります。さらに自分のアルバムみたいに締め切りのない作品の場合は、際限のない世界に入っちゃうので数年越しになる… 要注意です。

 CMなんかはそうはいかないですよね。

三宅 CMだったら「明日まで」って話です。

 その心の切り替え。どうされてるんですか?

三宅 そうですねぇ、特に心構えの差はなくて、瞬発力で行ききっちゃうものか、反復に耐えうる普遍性を持つものかっていう切り替えなのかな。CMの場合は目指すゴールがはっきりしてるのがまず大きな特徴。そこに向かって超高速で曲を書いて、オーソライズを受けて、短時間で録音を完了できる技量の演奏家とエンジニアを雇う、そんな流れになります。

 CMの世界も今と昔ではずいぶん変わってきてるんですよね?

三宅 そうですね。僕自身、今は昔みたいな量をやってないですけど。一番刺激的だったのはバブルの時期ですね。広告とは先端的なクリエイションであるという気風があった。80年代後半から90年代前半まではまだその名残りがありました。当時良かったことのひとつとして、決定権のある人が現場に来ていたこと。そういう人がいる限り「打ち合わせではこういう約束でしたけど実は全然違うのがひらめいちゃって…」と提案しても「ふぅむ、そっちの方が面白いね」って言ってくれる事が多かった。今は中間管理職的な方がネガティブチェックだけをしに現場に来て、それを上に通すというケースが増えた。するとその過程で自由な発想が消えちゃうんですよね。まあ、コマーシャルだからしょうがないとも言えるけれども。
 

音楽家 三宅 純の感情漂流

三宅 純とヴィム・ヴェンダース © Dieter Eikelpoth Rolling Stone Magazine

 
 
 CMを今まで3000本以上作曲された。驚く数字ですね。その頃と比べると、今はどれくらいの本数をこなしていらっしゃるんですか?

三宅 一番多い頃は年に200本くらい作ってました、現在は年によってまちまちではっきり分からないけど、比較すれば極端に数は減っています。

 その分、比重はご自身の活動であったり、映画や舞台?

三宅 そうなりますね。

 今回改めて三宅さんの音楽を聴かせてもらって、「ジャズ」だなって思ったんですよ。いろんなものを混ぜて融合して、新しい音楽をやっているというのは理解した上で、根底にはすごくしっかりしたジャズミュージックがある。世界中の民族音楽を全部入れたような世界観もあれば、環境音を録ったものを入れたり、クラシック、プログレ、インプロビゼーションミュージック、まさに玉手箱のような要素がありますが、根底からは正統的なジャズを感じます。その上で、新しい音楽の要素、映像的、時空間の広がりなど、多彩な技術を獲得されている。

三宅 ありがとうございます。何をやっても精神的にはジャズなんだと、自分でも思っています。

 スタジオはご自宅にあるんですか?

三宅 思いついた時にすぐ作業ができるように、パリでも東京でもスタジオは自宅内に作っています。パリのスタジオは改造するまではとても住環境が悪かったんですけれど、エンジニアが考えついた画期的な換気システム… 外に音が漏れないように、吸気用と排気用のダクトをジグザグ構造にして音量を減少させる、それらに同じ速度のファンを取り付けて外気を循環させる、そんなシステムを作ってから環境がぐっと良くなりました。音響的な面もいろいろ工夫しています。地下室なんだけど自然光も入るようになってるし、結構天井高もあって、広くは無いけどミュージシャンを呼べるくらいのスペースはあります。一度に来てもらうのはだいたい1人ですけど、無理すれば4人くらいは同時に録れるかな。ドラムセットもスペース的にはギリギリ大丈夫ですが、音響的には難しいかもしれない。ギターや管楽器は録れますね。バイオリンを1人だけ呼んで、椅子の位置を少しずつずらしながら20回重ねたりすることもあります。そうするとによって単一の楽器を同じ場所で録るのとは異なる音場を得る事ができるんです。

 そういうところで3年もかけてこつこつアルバムを作るなんて理想ですね。次のアルバムはいつ頃できるのでしょうか?

三宅 来年くらいかなと予想してましたが、もしかしたら年内に完成できるかもしれないと思えてきました。今年はその新作以外でも関わった作品のリリースラッシュになっちゃうかもしれない。昨年亡くなってしまった40年来の盟友(サクソフォニスト宮本大路)のラストアルバム、映画「ノーマン」のサントラ、青葉市子ちゃんとのライブアルバム。自分の作品に関してはここ何作か全面的に原盤投資して作っています。コンセプトを立てて、作曲し、編曲し、デモテープを作り、譜面を起こし、歌手とミュージシャンとスタジオをブッキングして、録音遠征なら飛行機予約して、ホテル取って、自宅スタジオならマイクセッティングして、生楽器と歌を録音し、ケーブル巻いて、ギャラを払って、領収書を書いてもらって、録音が終われば編集からプリミックスに気の遠くなるような時間をかけ、最終的なミックスとマスタリングは最高峰のプロに手渡す、はしょって言うとそんな行程です。
 

 

Canon EOS M3 / 出演:妻夫木聡、演出:サノ☆ユタカ、音楽:三宅 純

 
 
 ブラジルでコンサートがあったと聞きましたが?

三宅 日本の外務省がジャパンハウスという文化発信施設をサンパウロとLAとロンドンに作っていて、サンパウロ館が最初に完成して5月にイノギュレーションがありました。開館記念コンサートがオスカー・ニーマイヤーが設計したイビラプエラ劇場で開催され、僕は16人の多国籍ユニットを率いて出演しました。坂本龍一さんと対バンでした。

 日本のコンサートは、アルバムが出るタイミング?

三宅 恵比寿ガーデンホールで開催される、モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパンのヘッドライナーとして11月5日に出演することになっています。上手く運べばアルバムが間に合うかもしれません。つまりコンサートの時期が先に決まったので順番としては逆になります。”Lost Memory Theatre”というタイトルのアルバムをact-1, act-2と出していて、次のact-3が完結編になります。「失われた記憶が流れ込む劇場があったとしたらどうだろう? そこには過去にあった音楽そのものではなく、失われた記憶を喚起するような音楽が流れてる」という発想から生まれたもので、その発想を音にするのが難しく、結果的に3部作になりました。それは記憶の創造なのかもしれないし、捏造なのもしれません。ドイツのENJA / yellobirdというレーベルから、日本ではP-VINEから出る予定です。
 

音楽家 三宅 純の感情漂流

Photo by Rogério Cassimiro

 

音楽家 三宅 純の感情漂流

Photo by Rogério Cassimiro

 
 
 そのアルバムのアートワークもジャン=ポール・グードが手がけるのですよね? とても不思議な抽象画のような。

三宅 ええ、ぜひお願いしたいと思ってます。実は今までとても失礼なやり方をしてしまっていて…。先ほどお話ししたように、ジャン・ポールとは舞台の仕事で知り合ったんですけど、きっとギャラが高すぎて彼にはお願いできないだろうから、「今アルバムを作っているのですが、どんなビジュアルがいいと思いますか?」って聞くだけ聞いてみたんです。そしたらどんな音か聞かせてくれと言われ、数日後「いったい君はどんな生い立ちなの?」という風に丸1日かけて取材されたんです。結果「面白そうだからやるよ、ノーギャラでやらせて」って言ってくれて、えーっ! て驚いて。それじゃ撮影するからって呼ばれたんですけど、それがトランペット持った自分のポートレートで、それをカットアップしてビジュアルを作ると…。うーん違う、自分が前面に出ることなんて考えてもいなかったし… と思ったんですが、それを伝えるだけでも結構大変でした。せっかく無償でプロポーズしてくれてるのに。何とかしないとと思ってジャン=ポールといつも組んでいるグラフィックデザイナーに連絡してジャン=ポールの今までの仕事をいろいろ見せてもらい、これだ! っていうものを見つけ、その素材の帽子のところをカットして、光の具合を変えて、こうしてああして、と試作してもらって、できたものを持って「これを使いたいんです」って会いに行った。それを見たジャン=ポールは1ヶ月口聞いてくれなかった(笑)。もう、どうしたらいいんだろうって思って。

 やっちゃいましたね。

三宅 でも、勇気を出して1ヶ月後に電話して、今お邪魔じゃないですか? って聞いたら、「君は僕を邪魔したことないよ」って言ってくれて。ほっとして。それ以来、いつも同じような行程を繰り返しています。申し訳ないことばっかりしてる(笑)。

 三宅さん、人たらしなんですね、けっこう(笑)。

三宅 あっ、帰ったらまた連絡して3作目のジャケット頼まなきゃ!
 

音楽家 三宅 純の感情漂流

音楽家 三宅 純の感情漂流

音楽家 三宅 純の感情漂流

Jun Miyake Album Covers

 
 

posted by 辻 仁成