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馬と生きる! 女王陛下もやってくる、競馬の街「ニューマーケット」 Posted on 2017/07/03 Design Stories  

イギリス、ケンブリッジ近郊、サフォーク州にあるニューマーケットは世界最大の競馬の街として知られている。世界中の競馬ファンから競馬の聖地と呼ばれる街だ。

その地で、馬と暮らす一人の日本人女性と出会った。馬が大好きという富岡典子さんは、もう30年以上ニューマッケット近郊で暮らしている。
面倒見が良く、情に厚い富岡さんは、日本人、イギリス人にかかわらず、競馬に関わるたくさんの人々をお世話してきた。今では、日本の競馬界とイギリスの競馬界を繋げるキーパーソンとなっている。

その彼女が所有する雌馬が出産したという話を聞いた。我々は、さっそく赤ちゃんを見せてもらおうと、ウォームブラッド(サラブラッドではない馬)繁殖牧場にいる富岡さんの馬、サッズとその赤ちゃんに会いに行った。

馬と生きる!  女王陛下もやってくる、競馬の街「ニューマーケット」

 富岡さんはなぜこの地に来られたのですか?

富岡 ずいぶん遡りますが、1980年前半頃からこの地に暮らしています。70年後半にロンドンに留学していて、一度日本に帰ったのですが、この土地の人と結婚したのがきっかけでした。

 30年以上いらっしゃるということは、もう、故郷、日本での生活よりイギリスの生活の方が長くなっていますね。

富岡 あっという間でした。もともとカントリーライフが好きだったので、すごく心地がよいです。日本のカントリーライフとはまた違っていて。

 初めてお会いした時に、乗馬用の長靴を履き、ベストを着ていらっしゃった。お馬関係の方だと聞いてびっくりしました。服のスタイルや出で立ち、落ち着いた声に至るまですごく芯がある。一瞬イギリス人かと思いました(笑)。

富岡 でも、私はみんなに心は日本人以上に日本人だと言われます。日本を離れた頃から全然変わってないんですよ。

 それにしても、心地よいだけでイギリスに30年以上いらっしゃるというのは、あまり納得がいかないんですけど。

富岡 情熱でしょうか。主人への愛情とか、子育てもありましたし。この地に情があるから、巻き込まれてしまってそこから離れられなくなってしまったと言えるかもしれない。主人はロンドンの人だったんですけど、この地が第2の故郷だったことがきっかけでここに暮らすことになりました。

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 どうして馬に関わることになったのですか?

富岡 馬に関しては、日本にいる時から好きで日本でも少し乗馬をしていました。すごく好きだったので、自分の息子には5歳にもならないうちから乗馬をさせて、自分も乗り始めました。だから、私自身は真剣に馬に乗り始めたのが遅いんですけど。大好きだったので仕事にはしたくなかった。

 今は馬主ですよね?

富岡 乗馬用の馬のオーナーです。あの馬も本当は息子のために買ったんです。サッズという名前です。私にとっては4頭目の馬なんですけど、息子も小さい頃から乗っていてショージャンピング(障害飛越競技)というのをしていて、割と大きなショーにも出ていました。親のエゴで、息子に乗馬選手をさせたんです。

 富岡さんの馬、サッズが赤ちゃんを産んだということで、先ほど繁殖牧場という、馬の産院のようなところに連れて行っていただいたですが、生まれた馬はオリンピックに出場できるように育てたいとのことですが。

富岡 馬にも血統書のような、いろいろなパスポートがあって、今回生まれた馬の子の種馬はドイツの「オールデンバーグ」という血統書を持っていて、サッズはアイリッシュなので、「アイリッシュスポーツホース」という血統書を持っています。サッズのお父さんはハノーバーの系統でショージャンピングの馬だった。お母さんはショーウィングと言って、馬を品評会に出して見せるところの出身でした。

 どこでサッズに出会われたのですか?

富岡 出会いは…、私はお金もないくせに馬のことになると自分のできる範囲内でのベストが欲しい。遠くはスコットランドやいろんなところまで見に行きましたが、この馬が来たのは、イギリスのオリンピックチャンピオンになったニック・スケルトンという方がいるんですけど、その方の弟さんのお家から来ました。だから出身もしっかりしているんです。

 そこまで情熱をかけて馬を選んでいくわけですが、大変なことじゃないですか?

富岡 そうですね。まずは馬を見る目を持たなければならない。私はそこまでプロじゃないので、必ずアドヴァイザーをつけます。選んでもらって、乗ってもらって、その時の息子の状態と馬の状態がマッチするかというのを見てもらいます。

 サッズとは何年前に出会ったのですか? すごく失礼なことをお聞きしますが、おいくらいだったんでしょう。

富岡 当時は5歳でした。今は17歳です。私はそんなに大した馬は買えませんが、車が一台買えるくらいの値段でした。その頃サッズはまだ5歳だったので、大きなショーで勝ったりしていなかった。ショージャンピングでも、ブリティッシュノヴビス、その次がディスカバリーとかいろいろな段階があって、「この辺で活躍してこういう大会に出ていたらいくら」という馬の相場があるんです。サッズは、全く未知の馬だった。でも、そこからここまで持って来るために使ったお金がものすごいです。

 馬にもキャリアがあるんですね。そして、買った金額より育てていくためにかけた「学費」の方が高いということですね。まさに子供と一緒です。馬というのは何歳くらいまで乗馬に出れるんですか?

富岡 馬の寿命は22、3歳です。大切に乗っていけば、12、3歳でピークになります。だから、18歳くらいまでは現役でいられますね。

 サッズはまだ乗馬馬として乗れるということですね。

富岡 はい。ただね、サッズは9歳の時に怪我をしてしまったんです。それで息子が乗るのをやめて、その後私が引き受けて、今まで乗りながら面倒を見てきました。

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 家族の一員のようですね。ところで、馬を飼うには馬小屋がないといけないと思うんですが。

富岡 1マイル先にある隣町にこの辺りで一番のお金持ちの方がいらっしゃるんです。その方が村一つをまるごと購入した。その時期と、私がサッズを買ったのが同じ頃だったんです。彼もとても馬が好きで、そこでサッズを預かってもらえることになりました。馬が増えて預かりきれなくなっても、私の馬だけはずっと預かってくれた。彼は「僕が馬に生まれ変わるなら、富岡さんの馬になりたい」とまで仰ってくれました。それくらい私が馬の面倒をみるから(笑)。

 今日、子供を産んだばかりのサッズに会いに行きましたが、サッズは赤ちゃんをプロテクトして富岡さんでさえ近寄らせてくれなかったですよね。それは富岡さんにとっては寂しかったですね。近づけない雰囲気だった。

富岡 そうですね。サッズが赤ちゃんを産んで初めて会いに行った時に、サッズは私の車の音も知っているし、私が来たら必ず走ってくるのに、しばらく近寄ってこなかったんです。だけど、時間が経って最後に私のところまできて、「ごめんね。でも、母親にしてくれてありがとう」と言いました。私にはサッズの言葉がわかった。

馬と生きる!  女王陛下もやってくる、競馬の街「ニューマーケット」

 すごい。さきほど牧場で僕たちは遠くから様子を見ていましたが、馬ってすごく人間味がある。特別な存在だなって思いました。僕は小さい頃、阿蘇山で父親に馬に乗せてもらったことがあって、それが唯一僕が父親と遊んだ思い出なんですけど、馬が父との間を繋いでくれたというか、とても鮮明に記憶に残っているんです。富岡さんは何か、馬を介してのエピソードなどございますか?

富岡 昔は私もそれなりに闘争心というものがあって、ショー(乗馬の競技会)に行ったら勝たせたかったですし。1着、2着、3着・・・、1着は赤いリボンだったから、赤いリボンを持って帰ってきたかった。だから、すごく厳しかったですね。

 息子さんはどこで乗馬の練習をしたのですか? ご主人も同じような情熱を持っておられたのですか?

富岡 乗馬クラブです。主人は全く関心がありませんでした。

 ニューマーケットについてお聞きしたいのですが、ニューマーケットには大きな競馬場が2つあります。世界最大の競馬の町で、まさに街の住人の8割から9割が馬関係の仕事をしていると聞きましたが。

富岡 私自身、若い頃から競馬も好きでした。馬と接することが好きだったので随分競馬場に通いました。ギャンブルとしての競馬ではなくてね。日本から競馬ジョッキーを目指してきた人や、調教師を目指してきた人たちをいっぱいいっぱいお世話してきました。

 その中で有名になったジョッキーの方はいらっしゃいますか?

富岡 最近では三浦皇成騎手。彼は2009年と2010年に短期で1ヶ月くらいずつくらいきました。

 富岡さんは日本の競馬界とも関係が深く、雑誌にも寄稿されていると伺いましたが。

富岡 JRAの月刊誌「優駿」という雑誌ですけど、ワールドレーシングというコラムがあって、この辺りの情報などを書いています。今回は「ダービー」について。

 ニューマーケットの競馬といえば、1000ギニーとか2000ギニーとかありますが、あれは何ですか?

富岡 1000ギニー(1000ギニーステークス)と2000ギニー(2000ギニーステークス)はニューマーケットで開催される三歳牝馬限定戦です。5月のはじめにあるクラシック戦ですね。昔の優勝賞金にちなんでこの名前がつけられました。

 ローリーマイルは競馬発祥の地ですよね。どうして2つもあるんですか? 2万人ほどの人しか住んでいない街に。

富岡 もう一つは夏にしか開催されない競馬場で、ロンドンをはじめ、いろんなところから集まって来ます。

 たとえば、パリだったらパリ市内にあるロンシャン競馬場が有名ですけど、ロンドン郊外にも競馬場はあるのですか?

富岡 アスコット競馬場とか、サンダウンパークやケンプトンパークがロンドン郊外にありますが、ここニューマケットはやはり歴史があって、昔の王様たち、チャールズ二世などが通っていました。

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© Noriko Tomioka

 
 競馬というのは、まずイギリス人たちを魅了して、世界中にファンが広がった。イギリスで競馬をみるというのは日本で競馬を見るのとは違いますね。

富岡 そうですね。日本の競馬はすごくギャンブルの要素が強いですよね。イギリスだってもちろんギャンブルですし、ブックメーカーというのがあって外で賭けている人たちもたくさんいる。イギリス人も賭けが好きな国民なのですが、それよりも、やはり「社交の場」として今でも根強く残っていますね。

 もともとは貴族の遊びでしたよね。

富岡 そうです。日本みたいに賞金が良いわけではなく、かなりお金を持ってなかったら維持できないですからね。だから、昔は一番大きなオーナーは王族だった。今はドバイというか、アラブ圏の人たちのオーナーが多いですけど。いまだに王室ととても近い世界です。王室が開催する競馬行事のロイヤルアスコットなんかもあります。ロイヤルスコットのロイヤルエンクロージャ席はチケットを取るのもとても難しい、厳しいドレスコードもあります。申請して選ばれないと入れない。開催の時には白馬の馬車に乗った女王陛下が登場したり、とても華やかです。

 富岡さんご自身はニューマーケットでお仕事されたりしているのですか?

富岡 今はそうでもないですけれど、いろいろ関わってきました。日本競馬の人たちをこちらの人たちと繋いだり。少し前の世代になりますが、称号(Sir)のついた方たちとたくさんお仕事をしていました。

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© Noriko Tomioka

 
 馬が大好きで、馬と共にこの街から離れられなくなってるんですね。これからは、この街でどういった未来を描いていらっしゃいますか?

富岡 10年くらい前までは日本に帰ろうかどうか悩んでいましたが、今はもう覚悟が決まって、ずっとここに居続けようと思っています。今生まれたサッズの子供だってあと20年以上生きるわけですから、成長を見届けたいですし。あの子はドレッサージュにしようと思っています。

 「ドレッサージュ」とは、どんなものですか?

富岡 日本語では馬場馬術というのですが、ホースダンスとも言います。元々はフランス語の調教という意味で、美しく正確な動きができるかを競います。

 よく、馬の後ろに立ったら蹴られると言いますが、馬って、どうやって付き合っていけばいいのですか?

富岡 そうですね、例えば私の馬、サッズはすごく意地悪な馬だったから、本当に怖かったです。乗ってても立ち上がるから怖いし、相手を試すんです。頭が良すぎるのだと思う。だから、はじめはすごくいじめられました。それこそ、トラックに乗せる時に尻尾をバンデージするんですけど、そのために後ろに立って蹴られたこともあります。それからは後ろ足で蹴れないように必ず前足の1本を誰かに持ってもらっていました。噛んだりもしますし、もう、青あざだらけでした。だから、どんな母親になるんだろうと少し心配していたのですが、すごくいいお母さんになった。子供を守ってね。私に「来ないでくれ」と言ってました。サッズは近寄って来て欲しくない時は頭を上げるんです。

 生まれた赤ちゃんの名前は決まっているんですか?

富岡 お父さんがファーステンボールというので、Fをとって「ファーストインプレッション」というのを正式なショーの名前(パスポートに書かれる名前)にしました。普段の呼び名はフローレンスという名前にしようと思っています。サッズにも、ショー用には「ウィクロブルー」という名前があります。

 では、これからはフローレンスが育っていくのが楽しみですね?

富岡 はい、楽しみでしょうがない。生きる喜びです。馬の赤ちゃんは生まれたばかりの頃は人間と近づけてはいけない。どんな母親であっても母子を離してはいけないんです。だけど、6ヶ月後には母親と子供を離します。ある程度時間が経つと、仔馬は他の仔馬といた方が健全なんです。引き離す時は馬も声を出して泣くんですよ。だけど、幸いにも1日2日で忘れるみたい。馬の世界にもいろんなドラマがあるんです。

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