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ザ・インタビュー「天才パティシエ、ピエール・エルメの謎を解き明かす」 Posted on 2018/12/19 辻 仁成 作家 パリ

17年前、渡仏直後のことだ。僕はこの人のガトー(お菓子)にノックアウトされた。彼を真似るパティシエは多いが彼を超えるパティシエは出ない。なぜこの人のお菓子が独創的で追随を許さないのか、ずっと気になっていた。今回のインタビューで僕はエルメ氏の本質を二つ見抜くことが出来た。一つは「味の追求」そしてもう一つは「組み合わせ」であった。彼はたったこの二つの方程式しか持っていなかった。逆を言えばこの二つこそがお菓子作りの基礎なのである。世界的な天才パティシエに迫ったザ・インタビュー。
今回は彼の本拠地、パリ17区にあるアトリエ兼本社Maison Pierre Herméで彼と向かい合った。天才の本質に迫ります!
 

ザ・インタビュー「天才パティシエ、ピエール・エルメの謎を解き明かす」

 
 僕、実は大の甘党で、ボナパルト通りのお店にもよく通っていますよ。特にIspahanとInfiniment vanilleが好きです。10年ほど前にはピエールさんの本「SECRETS GOURMANDS」を買ったくらいです。

ピエール・エルメ氏(以下、敬称略) それはフランス語の本ですね。今日は新しく日本語に翻訳された本をプレゼントしますよ。「SATINE(サティーヌ)」という本です。サティーヌは、オレンジとパッションフルーツ、クリームチーズの組み合わせです。ここに掲載されている全てのパティスリーのレシピがこの組み合わせでできています。

 「Ispahan(イスパハン)」を初めて食べた時、舌の上で混ざり合う味と香りに、「これは食べる香水だ」と思いました。香水は身に纏うものですが、食べる香水があればそれは世界中の女性たちの心をくぎ付けにします。まさにパリ発祥の高級菓子です。そういうことを意識されたことはありますか?

エルメ 僕はお菓子を作るときには食べることしか考えていないのでそれ以外のことを意識することはないんですが、あなたが仰りたいことはよくわかります。

 「Ispahan(イスパハン)」、「SATINE(サティーヌ)」、エルメさんのお菓子はいつもとても素敵な名前がついていますが、お菓子の名前はどうやって決めるのですか?

エルメ 名前はいつも最後につけます。例えば、「SATINE(サティーヌ)」は映画『ムーランルージュ』の花形ダンサーの名前が「サティーヌ」という名前だったんです。とても素敵な名前だなと思って。
 

ザ・インタビュー「天才パティシエ、ピエール・エルメの謎を解き明かす」

 
 そういうインスピレーションというのはいつもどのようにやってくるのでしょうか?

エルメ 味の組み合わせにおけるインスピレーションはもちろん素材からですが、同じく、誰かとの会話にヒントを見つけたり、何かを読んだ時、何かイメージを見た時であったり・・・僕のインスピレーションの源は多岐にわたります。名前は、だいたい最後につけます。名前というのはいつも偶然つくものなんです。たとえば、「Ispahan(イスパハン)」はお花、バラの名前です。

 どのようなステップでピエール・エルメのパティスリーは仕上がっていくのでしょうか。

エルメ 僕がお菓子を作り出す上で好きな方法が2つあります。まずは、1つの”サヴール(風味)”を納得するまで追求していくこと。ヴァニラやノワゼットなど、その素材が持つサヴールを最も活かす方法を見つけるのです。それを僕は「Mon sens du gout parfait」(=私にとって完璧な味)と呼んでいます。あくまでも僕にとっての味の解釈ですけど。そして、もう1つ僕が大好きなのは、”サヴール(風味)”の組み合わせを見つけることです。「SATINE」(オレンジとパッションフルーツとクリームチーズの組み合わせ)や「Ispahan」(フランボワーズ、ライチ、ローズの組み合わせ)など、それ以外にもたくさんの組み合わせが僕のパティスリーに存在します。

 ヴェルサイユ宮殿の晩餐会では僕はピエールさんの隣でした。一緒に食事をしましたが、ずっと食べ物やワインについてのお話をしてくれましたよね。その洞察力、そして食べることへの愛には底がなく、常に感動を探している、そういう印象でした。そして、他人が作った料理であり、誰かが厳選したワインでしたが、日本人の僕に細かく細かく、味わいながら説明してくれたのがとても印象的です。その食べ物やワインに対する「探究心」がすごいなと思いました。

エルメ ワインについて話すと、ワインへの興味は僕の味の識別能力を向上させてくれたと思っています。ワインの中に潜む全ての素材やサブール(味)を見つけ、区別し、理解していくことで、味を検出する能力やボキャブラリーが増えたと思っています。

 お菓子のデザインはどうしているのですか?

エルメ 僕がお菓子のデザインをする上で一番のポイントは「食欲をそそるデザインであること」です。なるべく装飾的でないデコレーションを心がけています。デザインを作り出す上で大切なのは、そのお菓子にとって必要なもののみを使うこと。お菓子の上に存在するものは、その味と関係していて、且つバランンスが取れていなければならない。デコレーションのために味とは関係のないものが使われてはいけないと思っています。もちろん、例外もありますが、これが僕の考え方です。
 

ザ・インタビュー「天才パティシエ、ピエール・エルメの謎を解き明かす」

左 Ispahan(イスパハン)
右 Infiniment vanille(アンフィニモン ヴァニーユ)

 
 ここまでお話を聞いて、僕が好きな「Infiniment vanille」と「Ispahan」はピエール・エルメのお菓子を語る上で外せない2つであることがわかりました。「Infiniment vanille」はその名も語るようにエルメさんがヴァニラを”Infiniment(アンフィニモン)”、すなわち、どこまでも限りなく追求してたどり着いたお菓子で、「Ispahan」はエルメさんがサヴール(風味)を組み合わせて完成させたパティスリー。ピエール・エルメのお菓子のセオリーを代表する2つのお菓子なんですね。この二つのお菓子は外せないと最初に感じた僕の印象に間違いはなかったということですね。

エルメ ここに僕のお菓子のデッサンがあります。僕はいつもこうやって新しいお菓子を作っています。デッサンというのはお菓子のバランスや様々な材料を視覚で理解することができますから。まずデッサンがあって、ビュッシュの構造とレシピが書かれている。たとえば、ビスキュイノワゼットや「MONTEBELLO」はすでに存在するレシピだから書いていませんが、「RIVAGE」は新しいお菓子なのでここにレシピを載せなければならない。あとは味見をして少しずつ修正を加え完成させていきます。新作のマカロンはマロンとローズの組み合わせです。美味しいですよ。

 もうすぐノエル(クリスマス)ですが、ノエルのコレクションというのはいつ頃決まるのですか?

エルメ 僕はだいたい5月にはノエルのビュッシュの構想を終えます。

 日本でもパリと同じビュッシュ・ド・ノエルが買えるのですか?

エルメ 全てではないですが、マロンとローズの組み合わせのBûche Cristalなどが販売されます。種類は少ないですが、日本で販売されるビュッシュはパリと全く同じレシピで作られたものです。
 

ザ・インタビュー「天才パティシエ、ピエール・エルメの謎を解き明かす」

ザ・インタビュー「天才パティシエ、ピエール・エルメの謎を解き明かす」

 
 僕が驚いたのは、ピエール・エルメ・パリの第一号店が東京の「ホテルニューオータニ」だったということです。パリではなく!

エルメ それは全く偶然な出会いがそうさせたのです。ある時、ホテルニューオータニでお菓子のデモンストレーションをする機会があり、それがきっかけで大谷氏からホテル内にパティスリーを出そうといういお話しが出ました。その時にはすでにパリにお店を出す準備をしていましたが、日本が先にオープンしたんです。

 日本とは以前から関係があったのですか?

エルメ 僕はFAUCHONで11年間パティスリーを任されていました。その時に日本に行き、日本のFAUCHONのパティシエ育成をしたり、FAUCHON以外にも日本のプロのパティシエ育成学校で講師をしたりしていました。だから、日本という国はよく知っていました。

 日本にはピエール・エルメさんのファンがたくさんいますが、日本、または日本人ついてどう思われますか?

エルメ 日本はフランスのパティスリーが一番広まっている国だと思います。ということは、日本人はフランスのパティスリーが好きだということですよね。日本はフランスと並んで美しいパティスリーが存在する国なんです。東京に限らず地方に行ってもとても素晴らしいフランス風のパティスリーや、いわゆる”西洋菓子”がたくさんあります。日本人は洗練されたものや創造的なものが大好きですから、それが私たちのブランドの成功にも繋がっていると思います。

 和菓子はお好きですか?

エルメ 和菓子を勉強しましたし、好きになりました。日本に行くと必ず1、2度和菓子を食べるようにしています。「とらや」の仕事風景を1日見せてもらい勉強したこともあります。特に日本のお茶は興味深いです。抹茶や煎茶はマカロンに使いました。お茶以外にも自分のお菓子に日本の食材を使うことがあります。柚子を使用したのはフランスでは僕が最初ではないでしょうか。他にもフレッシュわさびや白味噌、もちろん小豆も使いました。抹茶のクリームの中に生姜で香りづけた小豆を入れました。

 ところで僕は小説家ですが、ピエールは日本作家の本など読まれますか?

エルメ 僕が唯一読んだ日本の作家は谷崎潤一郎です。『陰翳礼讃』(いんえいらいさん)と『瘋癲老人日記』(ふうてんろうじんにっき)はとてもとてもとても好きです。『陰翳礼讃』は3、4回読み返しました。日本の文化を知る上でとても興味深い本です。

 驚いた。僕も谷崎が好きだったので意外な共通点を感じました。はい、これ、僕のフランス語版の小説「白仏」です。ぜひ、読んで感想を聞かせてください。

エルメ ああ、ありがとう。もちろんです。
 

ザ・インタビュー「天才パティシエ、ピエール・エルメの謎を解き明かす」

 
 ところで、ピエールさんは一体どんな少年だったのでしょうか。アルザスのコルマール出身、お菓子屋さんの4代目にお生まれになったと聞きました。

エルメ 話しによると、僕は騒がしい子どもだったそうです(笑)。14歳でお菓子の仕事を学ぶためにパリに上京しました。両親が僕を信頼してくれたおかげですね。

 14歳ってうちの息子と同じ年齢だ。子どもの頃からずっとパティシエになると思っていたのですか?

エルメ はい。もうすごく小さい頃から、僕はパティシエになると決めていました。他の仕事に就こうとは考えたこともなかった。

 料理の世界などには興味がない?

エルメ 2年前からパリに2件のサロン・ド・テをオープンさせました。そこで軽い料理も出しています。お菓子と全く同じエスプリでメニューを構成しています。しかし、味の組み合わせというよりは、「素材を活かす」ことに重心を置いて作っています。料理というのはお菓子より創造性も少ないし、シンプルですから。

 最後に日本のピエール・エルメファンにメッセージをいただけますか?

エルメ 僕はいつも自分の味の世界を日本のお客さんと分かち合うことを楽しみにしています。日本人のお客さんは味にうるさい。とても明敏です。自分の前にそういう人たちがいて、常に高い創造性やクオリティーを期待されるということはとても張り合いがあり、光栄なことです。

 ピエール・エルメはどこまでいくのでしょうか。しかし、今日はピエール・エルメという人の本質が見えた気がしました。どうもありがとうございました。
 

ザ・インタビュー「天才パティシエ、ピエール・エルメの謎を解き明かす」

PIERRE HERME PARIS
https://www.pierreherme.co.jp/
 
 

posted by 辻 仁成