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ザ・インタビュー「スーパーカーデザイナー 山本卓身が叶えた、デヴィッド・ボウイとの共演」 Posted on 2019/03/15 辻 仁成 作家 パリ

 
2019年2月、パリ・アンヴァリッドで行われたフェスティバル・オートモビル・インターナショナル。車の美を競うその世界的な祭典で、話題を独占した日本人がいた。スーパーカーデザイナー山本卓身。
山本は子供の頃、ある1台のスーパーカーに魅せられカーデザイナーを目指す。美大を卒業し、デザイン会社に入社するが、自分の夢とカーデザイン界の現実に大きなギャップを感じた。その違和感を追求するべく、会社を辞め、カーデザイン分野では世界最高峰と名高い英コベントリー大学大学院自動車デザイン学科へ留学。28歳でフランスを代表する自動車メーカー、「PSAプジョーシトロエン」からスカウトされる。しかし、そこもまた、山本が夢見たカーデザインの世界とは異なる場所だった。2017年、山本は幼い頃に夢見た「スーパーカー」を創り出すため、個人で戦う決意をする。自分が子供の頃スーパーカーから受けた衝撃を、今度は自分が子供たちに与えたい……。
カーデザインの世界で頑固に夢を追い続けてきた山本が創り出す夢の車とは? 2019年、山本が突如発表したコンセプトカー「A portrait of db(デヴィッド・ボウイの肖像)」(以下、「db」)はフランスはもとより、世界のオートモビル界に衝撃を降らせた。オートモビル界に組織も後ろ盾もないただ一人の日本人侍が前代未聞の挑戦に挑む。

ザ・インタビュー「スーパーカーデザイナー 山本卓身が叶えた、デヴィッド・ボウイとの共演」。スーパーコンセプトカー「db」誕生の秘密に迫ります!
 

ザ・インタビュー「スーパーカーデザイナー 山本卓身が叶えた、デヴィッド・ボウイとの共演」

 
 まずはじめに、「db」の生い立ちをお伺いしてみたい。

山本 卓身氏(以下、「山本」敬称略) 子供の頃、「車」というものに惚れてカーデザイナーを目指すようになるのですが、同じ頃、一人のアーティスト「デヴィッド・ボウイ」に出会って、惚れました。出会ったと言っても実際に会ったのではないですよ(笑)。それで僕は、この人と何か一緒にしたい! と思ってしまった。そして、それは実現できると思い込んでいました。鈍感力って言葉が日本で流行ったみたいですけど、それですかね(笑)。ただ、僕は音楽に触れたことがなくて……。

 ジャズミュージシャンっぽい顔してますけどね(笑)。その頃からの想いが、今回の「A portrait of db」、デヴィッド・ボウイのコンセプトカーへと繋がるわけですね? 

山本 デヴィッド・ボウイと一緒に仕事をしたいと想い続けていたけど、自分はミュージシャンじゃないし、どうしたらいいかなとずっと考え続けていたんです。20歳過ぎてカーデザイナーになって、24歳の時に、「そうだ、ボウイに合わせるのではなくて、自分の才能で彼とコラボレーションすることができるに違いない。車を作ろう!」と思いつきました。本来は、ボウイ本人に会いに行って、1、2ヶ月住み込みで張り付いて彼の車を創るはずだった。そういう企画書をまとめていたのですが、ずっと雇われの身だったのでなかなか実現できずに月日が経って。やっと落ち着いて、あと少しで企画書があがるという時にボウイが亡くなってしまったんです……。3年前ですね。僕はそれまで自分の夢を全て叶えてきていたので、叶えられない夢もあるんだって結構落ち込みました。とはいえ、ボウイのコンタクト先すら知らなかったんですけど(笑)。でも、必ず会えるという強い確信のもと、企画を進めていました。今でも生きていたら会えていたと思っています。

 なるほど。その後はどうなったのですか?

山本 失意の2週間を過ごしながら、ボウイと一緒にやることはできないけど、彼へのオマージュとしてなら車を作ることができる、と思いついたんです。肖像画ってありますけど、 「肖像車」ですね。絵を描く画家は絵の具を使って表現している。ならば、僕が車を使って彼を表現したらどうなるか、という考えに至りました。「db」は車の形をしたデヴィッド・ボウイ。あの車は完成形で、不動です。デヴィッド・ボウイは誰かに運転されるような人ではなかった。なので、自動運転車、もしくは、そのままにしておきたいですね。
 

ザ・インタビュー「スーパーカーデザイナー 山本卓身が叶えた、デヴィッド・ボウイとの共演」

 
 フェスティバル・オートモビル・インターナショナルでその車が展示されたのですね?

山本 出展に関しては主催者がすごく気に入ってくれて、主催者本人から連絡がきました。たぶん、個人でフルサイズの車を出展したのは僕が初めてだと思います。ランボルギーニくらいのものです。だけど、エンジンなどはない。あくまで肖像。もちろん、タイヤは付いてますので動きますけれど、中にシートとかエンジンはないです。ロダンの彫刻に内臓が入ってないのと同じ。両者魂はこもっていますが。

 車ではなく、車の姿をしたアート作品なのですね。

山本 はい、完全なるオブジェです。総合的なインスタレーションとしてモデルだけではなくプロジェクションマッピングも使って、2分くらいのビデオを作品の上に投影し彼と彼の世界観を表現しました。デビッド・ボウイっていい意味で世の中を欺き続けていたじゃないですか。スタイルを変えて。それを表現するにはモデルだけでは足りなくて。今回は実現しなかったんですけど、「パラメトリックデザイン」という手法があって、ザハ・ハディドさんもその手法でデザインしてるんですけど、そのパラメトリック・デザイン使いアルゴリズムをボウイの曲から摘出する。そしてそのアルゴリズムでこの作品の一部変形させることができるんです、曲に合わせて。彼がいなくなった今も彼とのコラボが可能になるという。今回はこの手法は間に合わなかったのですが、今もスポンサーと一緒に実現に向け研究中です。なので今回だけで終わりじゃないんです。「db」は僕におけるゴッホの「ひまわり」みたいな。ずっと続けていきたいですね。

 今回、「db」をつくるための予算はどうされたんですか? その車は今どこに?

山本 3年くらいかけてスポンサーを見つけました。今はプロトタイプの制作会社に置いています。自動車メーカーの周りには、そういう会社いっぱいあるんです。僕にとっては「肖像」なので当初から普通の手法で「製作」したくなくて。3Dプリンターでこの世に「生み出し」たかったんです。結局、3Dプリンターの会社と、自動車制作会社がスポンサーについてくれることになって。本当はフルスケールで全体を一発でプリントできるプリンターで作りたかったんです。そうするとインスタレーションの一環として、生まれるプロセスを映像で見さられるはずだった。でも今はプリンターのスケールが大きすぎると「建築」というカテゴリーになって仕上がりが荒くなってしまう。それだと細部にかけるということで、もう少し小さめで解像度の高いプリンターで10パーツに分けて作りました。

 dbは販売するつもりなのですか?

山本 売るために作ったものではありません。だけど買いたいという人がいるならば…… アートフェスだとか、チャンスがあれば日本にも持って行きたいですしね。
 

ザ・インタビュー「スーパーカーデザイナー 山本卓身が叶えた、デヴィッド・ボウイとの共演」

 
 フェスティバル・オートモビル・インターナショナルではどんな反響だったのでしょうか。

山本 ものすごい反響でした! フェスティバルの広報の方によると、今回のイベントの一番のヒットだった、と。とても光栄なお言葉をいただきました。

 では、今後もあるかも知れませんね。

山本 そうですね。今はミラノサローネに行く、行かないという話もいただいていますし、その他いくつか世界に名だたる有名イベントからの声もかかっています。3Dプリンターのイベントとか2019年中にはあと2つくらいのイベントに展示できそうです。個人的には日本にもできれば持っていきたいですね。あとはこの車を動かしたい!というお問い合わせも。
この車自体ではなく自分の活動としては自分の本職であるワンオフ・カー・プロジェクトの依頼にもつながれば、と思っています。そういう意味ではこれは本当に始まりですね。

 山本さんがシトロエン時代に作られた代表作「GT by シトロエン」に次ぐ大きなステップとなったのですね。拠点をヨーロッパに置くというのはとても広がりがありますよね。

山本 僕には合っていますね。理由があってここに来てるんだなって思います。

                   
 そこに至るまでのお話、そして、「GT by シトロエン」についてもっと聞かせてください! (つづく)
 

ザ・インタビュー「スーパーカーデザイナー 山本卓身が叶えた、デヴィッド・ボウイとの共演」

 
 

posted by 辻 仁成