WORLD FOOD STORIES

世界のシェフ「小林 圭」   Posted on 2017/02/19 辻 仁成 作家 パリ

この時期、世界各地のレストランに星が降る。同時に、消える星もある。
しかし、人知れず消える星よりも、流星のごとくまばゆく降る星に人々は注目する。

本誌で執筆中のレストラン・ケイの小林 圭シェフのもとにミシュラン2つ目の星が舞い降りた。
ただの2つではない。美食を極めるフレンチ料理の大本山パリで、日本人オーナーシェフとしてははじめて2つ星に輝いたことになる。この快挙に早速、おめでとう、と連絡を入れる。
驚くべき程に謙虚な言葉が戻ってきた。そして私の脳裏にこの男と出会った頃の記憶が蘇った。
 

世界のシェフ「小林 圭」  

今から7年前のある日、私は行きつけのカフェで仲間たちと食後酒を舐めていた。
その私の前に一人の青年が立った。金髪だが鋭い目を持った精悍な男である。
「くつろいでいるところすいません。辻さんですか? シェフの小林です」といきなり切り出された。
話を聞くと、近々、店をオープンするという。
何者かわからない男だったが、気になるものがあったので、立ち話のあと、連絡先を交換した。

その1年後、店がオープンしたので招かれた。一口食べただけで、只者ではないことがわかった。
その瞬間、星を獲得する男だと思った。
翌年、彼のもとにミシュランの星が1つ舞い降りた。

私は不満だった。「最低でも2つ星からスタート出来るレベルなのに・・・」

それから、私は時々彼の店を訪れるようになる。小林 圭のもとになかなか次の星が降らなかった。
自信と実際の才覚を持ったこの男のジレンマは想像に難しくなかったが、小林 圭は屈せず動じず着実に成長を遂げ続けた。その料理はガストロノミーの枠を軽々と飛翔し、もはや芸術の域に達している。
 

世界のシェフ「小林 圭」  

彼が得意とする野菜の一皿に私は毎度、瞠目した。
選びに選び抜かれた野菜を、これでもかというほど繊細に盛り付ける。なんとも美しい色味。「色彩の魔術師、線画の巨匠」と言われたフランスの画家、ラウル・デュフィを彷彿とさせる。鮮やかで、官能的な野菜たち。
絡まるソースの複雑だがオリジナリティ豊かな味わいが、野菜皿だというのに、メインディッシュにも比肩するクオリティの高さを醸し出している。この人の才能には毎回脱帽させられる。

小林 圭は私に言った。「この2つ星は私にではなく、このレストランに、ここで働くすべてのスタッフに与えられたものです。みんなのおかげで頂いたもの」とどこまでも謙虚だ。もちろん、そこにはマダム・小林の功もある。
 

世界のシェフ「小林 圭」  

これら彼が発した言葉の端々に彼にしては珍しい安堵を感じた。
周囲の人たちの彼への期待が時には重かったことであろう。けれどもその重責に応えることの難しさは当人にしかわからない。寡黙に、虎視眈々と、自分を研ぎ澄ましていく様が実に潔い。

「まだ通過点にしか過ぎない。3つを目指して頑張るだけです」
 

世界のシェフ「小林 圭」  

「自分はもっとこのお店を良くしていきたい。これから来てくださるお客様のためにも、今の現状で満足するのではなく、3つ星を常に目指して、来てくれるお客様を、みんなを満足させられるレストランを目指していきたいと思います」
 

世界のシェフ「小林 圭」  

美食大国フランス。
この首都で、フランス人の料理人たちを指揮し、フランス人の顧客に愛され、しかも、雇われシェフではなくオーナーであり、世界の料理界の頂点へと上り詰める小林 圭の野心とひたむきさをこそ私は応援したい。

いつの日か、フランスで日本人が3つ星に輝く日が来るとしたら、それはこの男が最初であろうと私は確信する。
時に生意気で、やんちゃで、時に謙虚で、真面目なこの日本人が、料理界の常識をリードし、また1つのドリーム・ストーリーを生み出すのではないか。

進化し続ける小林 圭の料理にしばらくの間、目が離せない。
 

世界のシェフ「小林 圭」  

デザイン・ストーリーズの創刊にあたり、私は最初の執筆陣にどうしても小林 圭に加わってもらいたかった。
そのわずか4か月後、彼は最速で私の期待を超え、フランス料理界の超新星となった。
忙しくなる合間に、またここで料理人の意気込みを書き続けてもらいたい。彼に続かんとする若い日本人料理人たちの羨望を集めることになるだろう。

ミシュランが降らせた星が、一人の男をいっそう奮起させた。それは素晴らしいことじゃないか。
しかし、この男が目指すのは単なる3つ星ではなく、彼自身の人生を獲得せんとする3つ目の真実であるに違いない。

おめでとう、圭。 
 

世界のシェフ「小林 圭」  

posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文幅広く活動。Design Stories主宰。