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ハンガリーの家庭料理を旅する Posted on 2018/05/12 辻 仁成 作家 パリ

オーストリアへと旅行した時にグーラッシュという牛肉の煮込み料理を食べて感動して以来、辻家ではこの料理が定番となった。
実は従妹の今村輪がウィーンで四半世紀ほど料理の先生をやっている。
その従妹直伝のウィーン風グーラッシュが私の得意料理に加わったのは自然な流れであった。
その時、「この料理はハンガリーにもある」と従妹が教えてくれた。
「どうも、ひとちゃん、ハンガリーがその起源のようなんだけどね」
「ほ~、そうなのかね」
グーラッシュのことをもっと知ってみたいと思い、私は助手の息子を連れ立って、ハンガリーの首都ブタペストへと赴くことになった。
 

ハンガリーの家庭料理を旅する

<辻家のグーラッシュ>

 
オーストリアやフランスではグーラッシュと呼ばれているが、ハンガリー語ではグーヤッシュだ。
しかし、注文してみるとスープが出て来た。
なんでも、グーヤッシュ・レヴェシュというスープ料理が一般的なのだ。
ハンガリー人にとってグーヤッシュは日本の味噌汁みたいな存在だと思ってよい。
オーストリアやドイツ、フランスなどでグーラッシュと呼ばれているものはいわゆるシチューを指す。(ハンガリーではペルケルトと呼ばれている)
なので、ハンガリーでグーヤッシュください、というと、スープとシチューの二種類が示されることになる。
最初はちょっと混乱してしまい、出て来たスープを覗き込んで、ぽかんとしてしまった父子であった。
 

ハンガリーの家庭料理を旅する

<スープのグーヤッシュ>

 

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<シチューのグーヤッシュ>

 
グーヤッシュは東欧のほぼすべての国で食べられているだけでなく、それがモンゴルに渡って、グリヤシと呼ばれる羊肉のシチューへと変化した。
すごいぞ、グーヤッシュ!
日本のハヤシライスも実はもともとグーヤッシュなのだ、という面白い説がある。
林さん、ごめんなさい。
フランスでもグーヤッシュはとっても人気で、どこの肉屋にいっても、グーヤッシュ用の肉をくれといえばすぐに奥から出て来る。(なぜか、奥から、出て来る。黒いのが)
この肉がブフ・ブルギニオンとどう違うのか、私にはわからない。
同じだという肉屋と、微妙に違うという肉屋とに分かれる。
すね肉のようなものを使うのだけど、うちの近所の肉屋の真面目なおにいちゃんは、同じすね肉でもグーヤッシュならグラ(脂身)の多いものじゃなきゃあかん、とうるさい。
もしかするとオリジンがハンガリー人なのかもしれない。
私が日本でグーラッシュを作る時、一番困るのはこの肉問題である。
日本の肉は上等過ぎて、しかも赤身肉が欧州に比べ充実していない。
脂身が多すぎてあのざらっとしたボサボサ感が出ないのである。
私は年に何度か出張料理人をやるが、前回は80人前のグーラッシュを作る時にこの肉の煮込み時間の問題で相当に悩みぬいた。
高級肉屋で買った肉では思ったようなグーラッシュができなくて、わざわざ東京中を探し回り、肉のハナマサでやっとそれに近い肉をゲットした。
私は20才の頃、肉のハナマサが経営していたハンバーガー屋で働いていたことがあった。
ちょうどEchoesを結成した頃のことである。
さすが、こういう肉はハナマサに限る。
結果、寸胴鍋の傍にはりつき、日本の肉が東欧の肉に変化するまで、半日、付きっ切りになってしまった。
 

ハンガリーの家庭料理を旅する

<辻ディナーショーにおけるグーラッシュの仕込み風景>

 
ところで本場ハンガリーのグーヤッシュ、美味しいのかと言うと、悩むところだ。
もちろん、美味しいものにあたれば美味しい。
どれだけ丁寧に、食材を選んで作ったのか、その料理人の腕前がわかるというものだ。
日本でカレーを注文するのと一緒で、全部どれもカレーなのだけど、外れもそれほどないが、大当たりに出会うのもなかなか難しい、まさに、あの感じ?(笑)
私と息子は観光客が行かないような家庭料理の専門店ばかりを狙ってグーヤッシュを食べ続けた。
どこの店にも置いてあるが、どこの味もそんなに変わらなかった。
そもそも庶民の味だからあまりごちゃごちゃ言っちゃいけない食べ物なんじゃないか。
きっと、ハンガリーの母ちゃんが作った方が、だんぜん、美味しいのに違いない。
つまり、グーヤッシュはハンガリーの代表家庭料理ということになる。
 

ハンガリーの家庭料理を旅する

ハンガリーの家庭料理を旅する

 
グーヤッシュの他にも、ハンガリーを代表する家庭料理、つまりソウルフードはいろいろとある。
ジャガイモにサワークリームをたっぷりかけたラコット、鶏肉をパプリカでクリーミーに煮こんだチルケパプリカーシュ、ハムとチーズを仔牛肉で重ねたフライ、それからソーセージの料理も各種揃っている。
 

ハンガリーの家庭料理を旅する

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ハンガリーの家庭料理を旅する

ハンガリーの家庭料理を旅する

ドイツやオーストリアなんかと味が重なるが、全体的に素朴な味付けになっている。
とにかく、パプリカを多用するのが特徴かもしれない。
どのレストランにいっても、塩と胡椒の小瓶の横にもう一つパプリカの小瓶が置いてある。
 

ハンガリーの家庭料理を旅する

ハンガリー人はお米を食べる人たちなので、日本人である私たちにその料理はとっつきやすい。
薄味のピクルスもキュウリの酢漬けもどこか日本のおしんこを思い出させる。
そう考えるとハヤシライスの起源、あながちグーヤッシュなのかもしれない。
グーヤッシュライス、ヤッシュライス、ハヤッシライス、なるほどね、ありえるかも。

ブダペストへ行くなら、ハンガリーキッチンフードを思う存分食べて頂きたい。
ここがもしかすると欧州の胃袋の付け根だったりするのじゃないか。
しかし、私が個人的に一番感動したのはボスコロホテルのニューヨークカフェで食べたシュニッツエルであった。
ミラノ名物ミラネーゼやウィンナーシュニッツェルよりも数倍美味かった。あれはもしかするとラードか何かで揚げているのだろうか? 
あの風味、触感、満足感、格別だった。
期待しないで口に入れた瞬間、私の胃袋は一瞬にして時空を飛び越え、ハンガリー帝国の夢を見ていた。
 

ハンガリーの家庭料理を旅する

ハンガリーの家庭料理を旅する

 
ハンガリーの大衆食堂で一皿400円くらいで食べられる庶民の味も、ニューヨークカフェに行けば4000円だ。パリの一流店と同じ金額を出せばパリに負けない味に出会えるということだが、それでいいのかどうか、それは旅人の胃袋とお財布が決めることかもしれない。
 

ハンガリーの家庭料理を旅する

 
 

posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文幅広く活動。Design Stories主宰。