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滞仏日記「ぼくの弟子になりたいという男が引っ越しの準備を手伝ってくれた」 Posted on 2022/09/30 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ということで、引っ越しは土曜日に迫っているのだけど、困ったもので、猫の手も借りたいほどに、まっーたく、何も進んでもないし、終わっていない。
一応「引っ越し楽々パック」なるコースでお願いしていたのだけど、どこまでやってくれるのかサイトで調べてみたら、「ワイングラスなど壊れやすいものは箱詰めをしてくれる」、「コート類などのハンガーに吊るされたものは専用ケースに入れてくれる」なのだとか・・・。
衣服や下着、お茶碗やお皿、コップなどは自分でやらないとならない、のである。は?
どこが楽々じゃーと怒りたくなるような「楽々パック」であった。
となると、問題は、ちょっと、間に合わない。
一度、延期をしているので、これ以上、遅らせるわけにもいかない。
さて、どうしたものか!
ぼくは一応、パリに個人オフィスを構えているので、スタッフさん、ライターさんに頼むことも出来なくはないし、お手伝いしますよ、と優しい皆さん、おっしゃってくださるに違いないのだけれど、・・・家族持ちで、小さなお子さんがいて、旦那さんはフランス人、という日仏家庭の言わばスーパー主婦さんに、引っ越しなどという個人的なことを頼むのは、もってのほか・・・。
どうしたものかなァ、と悩んでいると、午前中、長谷川さんから、電話が入った。
「どうもー、先生、こちら、長谷川です」
ああ、こんなタイミングで、長谷っちかい、と思った父ちゃん。
長谷川さんは、簡単に言えば、パリ在住のおじさんで、何をされてるのかは、いまだ、よくわからない。
でも、年齢は50代で、在仏歴30年というのだから、たぶん、大学生の頃にパリに入り、そのままいついてしまった派に違いない。
そういう日本人はそこそこいらっしゃる。
「長谷川さん、ごめんなさい。今ね、気管支炎と三四郎の病気と引っ越しがトリプルで遅いかかっておりまして、話をする気になれないんですよ。落ち着いたら、こちらから、電話させて頂きます」
長谷川さんは、数年前、オペラ地区の居酒屋で人に紹介され、知り合った。
「どうしても辻さんに会いたい、というおじさんがいるんですが、会ってやってもらえませんか」
とワインの輸出入をやっている別のおじさんにご紹介されたのが、出会いのきっかけ。
その日は珍しく酔っていて、気持ちが大きくなっていたので、「いいっすよ。みんなで飲みましょう」となっていしまった・・・。
そこにやってきた長谷川さん、うううーむ、なんか、違うぞ・・・。
丸眼鏡をかけた、レオナルド・藤田のような風貌の不思議なおっさんであった。
「先生、ぼくを弟子にしてください」

滞仏日記「ぼくの弟子になりたいという男が引っ越しの準備を手伝ってくれた」



一時間ほど、呑んですっかり酔っぱらっていたぼくに向かって、長谷川さんはこのようなことをぶつけてきたのだった。
確かに、昔の作家さんには、一人や二人、お弟子さんがいた。
お弟子さんの中にはその作家さんの秘書的な業務をこなし、幾ばくかのお給料をもらっているような人もいた。
でも、ぼくはそもそも「先生」と言われるのでさえ、あまり好きではないのである。
そんなぼくが、弟子をとる、というのも変な話しなのだ。



正直、弟子とか言われても、50過ぎのおじさんを弟子にして、いったい、どうするんかなァ、・・・
「先生、ブログ、読みました。今は暇ですので、やりますよ」
やりますよ、という最後の一言が、気に入らない。
最後のところは「やりますよ」ではなく、「お手伝いさせていただきます」じゃないのか・・・。
プロの書き手を目指すなら、日本語をなんとかしなさい、とぼくが携帯口で諭すことになる。
長谷川さん、「すいません。まだ未熟なんです、精進いたします」と携帯の向こう側で、しきりと後悔をしはじめ・・・。やれやれ。先が思いやられる。
「でも、こんなぼくでもきっとお役に立てるはず。先生、今日中に、書籍やコップやお茶碗を全部箱に詰めてみせます」
でも、今は手伝ってくれる殊勝な方を無下には出来ないので、結局、「一日弟子デー」ということにして、お試し期間で様子をみさせて貰うことに、笑、なったのであーる。
あはは。

滞仏日記「ぼくの弟子になりたいという男が引っ越しの準備を手伝ってくれた」

※ 長谷川さん、普段はおとなしい人なのだけど、ひとたび、お酒が入ると、こうなってしまう・・・



引っ越しが終わるまで無償で働くかわりに、ぼくは長谷川さんの長編小説を読んで、アドバイスをすることになった。
長谷川さんに出された条件は大したことないのである。そんなんで、大変を半分背負っ頑張ってくださるわけだから、それは有り難いことである。
ということで、今日から引っ越しが終わるまでのあいだ、長谷川さんが辻家にやって来て、梱包の手伝いをしてくださることになった。
「長谷川さん、よろしくお願いします」
「先生、お任せください」
あはは・・・。
ところが、この長谷川さん、見た目は、偏屈な中年、という感じなのだけど、途中からもう、スーパーおじさんに大変身。
ぼくの出番がなくなってしまうほど、ばりばり、作業をけん引していったのであーる。
気が付くと、黙々と本を段ボールに詰める長谷川さんの横で、ぼくは文房具などを片付けていたのであった。
この不思議な空気感、いや、あの、ええと、怪しい関係ではありませので、おかしなイメージはご勘弁ください。
「先生」
不意に長谷川さんが、一番上の棚の本を掴んでから、すると、ゆっくりと、ぼくを振り返った。
「先生、夕飯、何か買ってきましょうか? 」
「は?」

滞仏日記「ぼくの弟子になりたいという男が引っ越しの準備を手伝ってくれた」



つづく。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。
とりあえず、夕飯は遠慮してもらった父ちゃんなのでした。あはは。長谷っち、今後が気になるなァ・・・。
さて、そんな父ちゃんからのお知らせです。
10月31日にオンライン講演会「プロの編集者から学ぶ。物書きを目指す方々への最強アドバイス」を開催いたします。
今回は、辻仁成のエッセイ集「息子とぼくの3000日」や、小説「孤独にさようなら」を担当した現役担当編集者2名を招いて、編集者サイドから考える、作家のあり方、物書きになるための道、新しい書き手へ向けての編集者側からのアドバイスなどを、オンライン講演会形式でお送りいたします。父ちゃんが物書きへの道を語りつつ、その都度、お二人にご意見を聞いて、より、深い講座にさせてみせます。本当に一つ上の書き手を目指される方々に必要な講座となるでしょう。長谷川さんもきっと参加するでしょう・・・。
同日、都内某所の特別教室にご出席希望される方から抽選で40名の方をご招待させて頂きます。
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