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滞仏日記・続「試験結果と将来のこと、父子の立ち話」 Posted on 2020/01/07 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、日記をアップして一息ついていたら、息子がテスト結果を持ってやってきた。英語のテストで75点をとったと自慢にしに来たのである。先月のバカロレアに向けた予備試験であった。設問は「動物のジャガーについての詩を読んで、そこから創作をすること」。90分の間でその創作をしないとならない。(写真左が設問、右が息子が書いた創作物語)息子は3ページにわたってジャガーの物語を書いて提出したのだとか、でも、彼が書いたのはジャガーを擬人化した物語で、人間界を闇にたとえ、そこで生きるジャガーのような人間の心の暗部と世界から見られているそのイメージと実際の人物の心のギャップについて比較したもの。それは結構、シュールな作品になってしまったようで、フランス語の先生も最初は難解で理解できなかったのだとか。(笑)しかし、答案用紙を何度か読んでいるうちに、考えが変わり、75点を付けた。フランス語の先生は「最初は5点くらいだと思った」らしい…。(日本のマークシートだとこうはできない。20年度の記述式問題導入が先送りになった日本のニュースをぼくはここで思い出した)

滞仏日記・続「試験結果と将来のこと、父子の立ち話」



「この採点について、パパは納得する?ぼくの回答は世の中で通じるの?」という相談であった。創作というのは「何を書いてもいい」という前提があるから、君が擬人化して書いたことは正解だと思うし、そこに哲学的な要素を入れて、先生が悩んだ結果の得点であれば正しいアプローチだったんじゃないか、と言っておいた。本人は自信があったけど、評価が出るまではドキドキしていたのだとか。しかし、バカロレア(フランスの共通一次試験のようなもの)ってこんな問題やるの?と訊くと、これは今年までで来年からは創作はなくなり、資料を与えられ、自分で質問と答えを作文していかないとならない、のだとか。それがいったいどのような形式の試験なのか僕には見当もつかない(ぼくの時代にはなかったからだ)。すると息子は数学の試験をぼくに見せた。いくつかの設問があり、与えられた二時間で6ページもの回答をつくった。答えだけじゃダメなのだそうだ。どういう意図でその答えを導き出したか、までが総合的に判断される。フランスは高校一年生からこのようなテストがほぼ全科目で行われているし、バカロレアの模擬試験が全仏ですでに一年生から始まっていて、もちろん記述式である。どうやって採点をしているのだろうと思ったら、息子曰く、高校の先生たちが採点しているらしい…

フランスではバカロレアを取得することで原則的には大学入学が許可される。バカロレアとはフランスの教育省が発行する高校卒業国家資格ということになる。バカロレアを取得すれば希望大学に行けるが、応募者が大学の定員を超えた場合はバカロレアの成績や居住地によって振り分けられる。なので、バカロレアを取得するだけじゃだめで、より良い成績を取る必要がある。この模擬試験が高校一年からすでにはじまり、二年から実際の試験が段階的に始まるのだとか。それまでにどの大学に進むかをこの春までに決める必要がある。というわけで、息子が悩みをぼくにぶつけてきた。
「まだ、15歳なのに、どうやって将来を今決められるんだろう? パパはいつ決めたの?」
「パパは中学一年の時には小説と音楽で飯を喰ってくつもりだった。疑いもなく」
「ぼくにはまだない」
「好きなことをやれよ。嫌いなことをしてストレスためると身体に悪い。どの業界のどの仕事でもいい、自分がそこに人生を賭けられるもの、ストレスなく、熱意をもって前進できる仕事を探せよ。お金も大事だけど、楽しいことも大事だ。そこは駆け引きになる。やりたいことが将来変わっても、努力を続けていればその先が必ず見つかってくるから、構わずどんどんやってけよ。大学生になる頃には自分の未来が見えてるはずだ」
「そうかな」
「いいか、お前は、今が人生で一番楽しい時期なんだ。悩むこともその一部だと思え」
「え?」
「どんなに苦しくても、今が一番楽しいと思えるはずだ。学校に行くことも、仲間と話をすることも、何もかも、楽しい青春の真ん中にいる。それがお前の強みだ。進路で悩むということはそれだけ可能性があるってことだから、悩め。楽しんで悩め。でも、小さくまとめるな。どこまでも大きな未来を描いていけば必ずお前のおもいは達成される」

自分流×帝京大学