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退屈日記「気取らない毎日のお弁当の時間が大好き。気づけばお弁当で育った」 Posted on 2021/04/06 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、高校生の3年間は母さんのお弁当を学校にもっていき、昼食の時間に仲間たちと食べていた。
その時の記憶がいまがぼくの中に残っている。
ということはぼくのお弁当を食べ続けた息子くんの中にも、父ちゃんの味という記憶が残り続けるのだろうか。
そうだといいなぁ、と思う。
今は新入生、新入社員の季節だから、お弁当作りに皆さん忙しいのかな、と想像している。
おつとめの皆さんも会社で手作り弁当を食べている方が昨今多いと聞くし、やっぱり、みんなお弁当の時間、ほっとしているのだ。

退屈日記「気取らない毎日のお弁当の時間が大好き。気づけばお弁当で育った」



ぼくが学生の頃、昼食時間に学校の屋上とかで弁当箱を開く瞬間が好きだった。
当時は当たり前のように思っていたけれど、毎日、母さんがお弁当を作ってくれていたんだ、と懐かしく振り返ることが出来る。
そのお弁当には赤いウインナーとか、卵焼きとか、だいたいいつもの常連が陣取っていたし、だいたいは昨夜の残りものが一つ、二つ、混ざっていた。
夕飯の時間にキッチンに顔を出すと、お弁当用のおかずがあらかじめ小皿に確保されていて、あ、これは明日のお弁当になるのだな、とか、思いながら、母さんの後ろ姿とともに、ぼくは微笑んで眺めたものだった。
お弁当自体もその日その日によって、母さんの精神的肉体的コンディションに左右されて、中身がちょっと違っていたように記憶している。
ご飯がどん、梅干し、卵焼き、おしんこだけ、という日も結構あったし、おかずがご飯領域まで侵入しているような贅沢な日もあった。
でも、やはり、冷たくなったご飯のあの食感が忘れられない。
お弁当のひやご飯、格別である。めっちゃ、日本だ。

退屈日記「気取らない毎日のお弁当の時間が大好き。気づけばお弁当で育った」



野菜がちょっと苦手だったぼくだけど、お弁当に入っている野菜はあまり残さなかった。
なぜか、隣の肉団子とか筑前煮の味が染みていて、野菜も肉の味がしたりして、笑、ぺろっと食べてしまい、そのうち、だんだん、野菜を好きになっていった。
さりげなく入っているたくあん一枚がめっちゃ貴重な時もあって、少しずつかじって食べながら、どこか、食べ物の大切さを学ぶことができた。
結局、ぼくはお弁当を毎回完食していたっけ。
お弁当の時間、それは人生を彩る素晴らしい時間でもあった。



お弁当って、もちろん蓋を開けた時に、華やかなものがあればいいのだけど、お弁当という習慣は毎日の、根気が勝負のご飯なので、彩りというよりも、生活の今が優しくいつも盛り込まれているところがまたいいのだ。
やはりいつもの卵焼きとか定番があることは大事で、カフェに行くといつもいる常連の客みたいな安心感がある。
そこに新参者が混じって、新鮮味が加味され、ご飯にかかるふりかけも、たまに違ったりしていると、超、嬉しくなる。
ぼくは映画の撮影をずっと続けてきたので、過酷な撮影期間中、お弁当の時間はほんとうに、その日の一番の幸福な時間で、予算がなくてお弁当が質素な時とか、だいたい撮影が後半になるとそうなるのだけど、そういう時は差し入れのコロッケなどの存在感が浮き立ったりした。
日々のお弁当にもそういう目玉おかずが添えられたりする日は、たとえば、リンゴやバナナ、あるいはお菓子がひとつ、おまけでついてたりする日なんかは、ぐんと笑顔が増すものだ。

退屈日記「気取らない毎日のお弁当の時間が大好き。気づけばお弁当で育った」



4月はみんな新生活のはじまりでバタバタしていると思うが、そのような慌ただしい時にこそ、お弁当に小さな愛の光りを見てしまうものである。
退職間際のお父さんも、会社で何十年と食べ続けてきた愛妻弁当を開くその一瞬が、お父さんの人生をどれほど、彩ってきたことか、思い出してみていただきたい。
ぼくはお弁当が大好きだ。あの箱庭の中にこそ、人間宇宙があると思う。
お弁当の蓋を開けるときは、ライブがはじまる瞬間に似ているし、蓋を閉じる時には、ライブに幕が下りる瞬間でもある。
そのステージが日々を彩っているのだ。
梅干しとたくあんと昨日の残り物の揚げ物が一つあれば、白ご飯弁当は天下一のうまさになる。
自分自身のために作るお弁当もその時の自分を励ますために作るのがいい。
少し未来の自分に元気を与えたいと思いながら弁当箱にご飯をおかずを詰め込んで、さぁ、いただきます!!!

退屈日記「気取らない毎日のお弁当の時間が大好き。気づけばお弁当で育った」



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