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滞仏日記「とんとんとん。ぼくが愛する小さな世界のインテリアと小皿料理」 Posted on 2020/11/18 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、はっきりと言えることは、ぼくは大きな世界が嫌いだということ。
こう見えて、派手でゴージャスな生活に憧れたことはない。
お屋敷に住んでいる友人がいるけど、ああいうところでは落ち着かないので暮らせない。
息子と二人きりで暮らすようになった時、あの子のメンタルが心配になり、すごく狭いアパルトマンに引っ越し、薄い壁を挟んでベッドを二つ置いて、寝る前に、壁を「とんとんとん」と叩き合って眠った。
「うまく寝れない時は、壁をノックしてごらん。パパが返事をするからね」
こんな変な父親と二人暮らししなければならない息子を不憫に思った。
夜になると息子が暗くなったので、落ち着かせるために、壁をノックすればいいのだ、と考え出した。
案外、うまくいったと思う。
とんとんとん
とんとんとん
とんとんとん
とんとん、・・・とん、・・・zzzzzZZ
みたいな日が続いた。小さな愛すべき世界だった。
世間は煩わしかったけど、息子とはこうやって繋がることが出来て、ぼくはある意味幸せだった。
そのうち、とんとんとん、がなくても彼は眠れるようになった。

滞仏日記「とんとんとん。ぼくが愛する小さな世界のインテリアと小皿料理」



ぼくは昔から、小さな生活や世界が好きで、自分の日常はだいたいちょっと時代遅れの小物やインテリアや無骨なものたちに囲まれている。
今は仮住まいだから、実はちょっと落ち着かないけど、今日は古いアパルトマンで幾つかZOOM会議があったので、仕事場に顔を出すと、ぼくが集めた小物たちが、主人の帰りを待ち構えていた。

滞仏日記「とんとんとん。ぼくが愛する小さな世界のインテリアと小皿料理」



ぼくの秘密の小物を少し紹介してみたい。まずは文鎮である。
奥のものは京都の古美術商で見つけた明治天皇主催の晩餐会で出された文鎮らしく、文鎮を探していた20年前、たまたま発見し手に入れた。
文鎮の持ち手のところに「御賜」と大きく彫られている。これは珍しいな、と思った。というのは普通「恩賜(おんし)」というが「御賜」と書かれたものは初めて。
天皇から贈られるものを恩賜と呼ぶのだけど、明治天皇は御賜という言葉を使ったという文献があり、広辞苑とかには載ってなくて、でも買った時に古美術商の店主は確かに明治天皇の晩餐会でゲストに贈られたものです、と言った。
筆で和紙に書を書く時などにぼくは使う。
手前の羊の置物は文鎮ではないけど、ぼくの大切な置物で、詩とか歌詞を書いた時とか、そういうメモをこれで動かないように固定する時に活用している。
静岡の画伯、望月通陽さんの作品なのだ。
何かのお祝いに作っていただいたものだけど、ぼくがツジだから、ヒツジをもじったものだ、と推測している。

滞仏日記「とんとんとん。ぼくが愛する小さな世界のインテリアと小皿料理」



ぼくは万年筆もいろいろと持っている。
インクで書かれた微かににじんだ文字の人間らしさが好き。
こういうものをいれる陶器の皿もアンティーク店を回って探している。
時計はいろいろとあるけど、自分は腕時計はしないので、壊れた時計を集めている。
見回すと机周辺に10個くらい時計が置いてあるのだが、全部、時間が停止している。
この時計はドイツのメーカーで、もともと針が一つしかない。
かなり、時間に対するいい加減さが現れており、「電子時計」とか「水晶時計」とかが話題の現代にこういう皮肉っぽい時計ってかっこいいな、と思う。

滞仏日記「とんとんとん。ぼくが愛する小さな世界のインテリアと小皿料理」

ぼくは自著を製本屋に持ち込み、解体して、革張りの表紙を纏わせ、世界に一冊しかない自分の本を保管する趣味がある。
右から二つ目のオレンジ色のは「海峡の光」の仏語版、その隣のでかいのが「太陽待ち」の仏語版である。
ちなみに、左から二冊目の本は作家20周年記念の時に出版した「ダリア」の日本語版を先の望月通陽さんが装丁してくださったもの。

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滞仏日記「とんとんとん。ぼくが愛する小さな世界のインテリアと小皿料理」

滞仏日記「とんとんとん。ぼくが愛する小さな世界のインテリアと小皿料理」



紙のケースの中にパラフィン紙で包まれた特装本が収められている豪華な一冊。
このデザインの美しさ、時々取り出しては眺めている。
紙の匂い。そして望月さんの字体で書かれたDahliaの文字。大好きだ。
こういう世界、愛おしい。
わかる人にしかわからないものがぼくは好きだ。
そういえば、芥川賞を受賞した時に「文学を守りたい」と発言し誤解され先輩作家らに馬鹿にされことがあった。笑。
でも、自分が出した本はこうやって特装本にしたり、自分だけの大事な世界を何より尊重し、今も自分の文学をぼくなりに守り続けている。
分からん人にはわからんで構わない。
紙に印刷された文字の行間で今も泳いでいられることが自分の誇りであり、財産だと思っている。
一冊一冊が、ぼくの生きた証で、こうやって皮装の記念本を作ることに、ぼくはぼくなりの意味がある、と信じて生きている。
ちなみに、赤い特装本は「サヨナライツカ」の日本語版である。

滞仏日記「とんとんとん。ぼくが愛する小さな世界のインテリアと小皿料理」



息子に「今日、ランチは古い方の家で食べよう」とSMSをおくった。
昨日の残りものを少し新しい家から持ち込んだ。
どちらでも生活できるように、最低限のものは準備してある。
近くの有機食材店で材料を買い、和食を拵えた。
父ちゃんはこういう食べものが一番のぜいたく品だと思う。
小皿の料理ばかりだけど、決して粗食ではない。素食だ。

滞仏日記「とんとんとん。ぼくが愛する小さな世界のインテリアと小皿料理」



マーシャルの八百屋で栗を買ったので、栗のおこわを作った。
煮豚を作った残りの煮汁で作った煮卵、崎陽軒のシュウマイは遠い親戚に頂いたぼくの好物、ネギをごま油で和えたもの、豆腐はパリ・ヒサダのやっさんが作った手作り、有機食材店で買った揚げ豆腐、黄色い豆はルピン、アンダルシアを旅した時に居酒屋で見つけてから常備している、あと擂った生姜などである。
栗のおこわは絶品だった、と自画自賛しておこう。
ぼくは世界のどこにいても、自分が愛するものに囲まれ、こだわって、こだわり抜いて、小さな感動を大事に生きていきたい。
世界はコロナだテロだ米中戦争だとか大変だけど、自分の生活だけは守って自分を失わず静かに生きていきたいと思っている。
こだわりというものは、愛おしいものである。

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