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リサイクル日記「人間は死ぬとき、息を吸うか? 吐きだすのか? 考えてみた」 Posted on 2023/01/14 辻 仁成 作家 パリ

ぼくら生き物は呼吸をしている。
呼吸が止まることが死ぬということである。
なので一日に一度、意識して真剣に呼吸をするように心がけている。
それは生きてることを実感するためにだ。
深呼吸とうやつである。
だいたいぼくは仕事に集中をすると、呼吸を疎かにしてしまう癖がある。
時々、呼吸を忘れていることさえあるのだ。
それじゃあ、いけない、と思って、ある時から、心を込めて一日一度呼吸する時間を設けることにした。
仕事に没頭すると、作家という仕事がら、どうしても猫背になりやすいのである。
なので、椅子に背中をもたれ、手を左右に広げて、肺を開き、ゆっくり空気を肺の奥まで吸い込み、ゆっくり吐き出すようにしている。
三四郎を散歩に連れ出す、朝、とくに心掛けている。
木立の中で、新鮮な空気を吸い込んでいる。
すーはー、すーはー。
これをするだけで、生き心地が変わる。
身体の隅々に何か新鮮なエネルギーが巡っていくような気落ちになる。

リサイクル日記「人間は死ぬとき、息を吸うか? 吐きだすのか? 考えてみた」



朝の広々とした公園の空気は澄み渡っている。
家の中で吸っている空気とは全然違う。
パリは車の排気ガスが問題になっていたが、コロナ禍の時期は、これがずいぶんと緩和された。
今、パリはイダルゴ市長の政策で、車が制限され、自転車が増えているので、前に比べるといくぶん、(いくぶんである。抜本的には解決されていない)、呼吸がしやすくなった。
コロナが教えてくれたことの一つだった。
マスクを外し、浅く呼吸をしてきたのをやめて、誰もいない広場で、思う存分呼吸をするとき、ああ、自分は生き物だったのだ、ということを思い出す。
生きていること、・・・それは正しく呼吸をすることにつきる。

リサイクル日記「人間は死ぬとき、息を吸うか? 吐きだすのか? 考えてみた」



最期の瞬間、息を吸う説と吐き出す説がある。

ずっと死ぬ時、人は息を吐いて逝く、と思っていた。
そしたら、とある指圧の先生が、死ぬときは吸うんですよ、と教えてくれた。
「赤ん坊の時に泣いて生まれてきたでしょ、あれは吐き出す力で泣くんですよね。だから、最期は吸って死ぬ」
なるほど。
別のお医者さんがどこかで書いていたが、吸うことと吐くことはセットだから、吐き出したら必ず吸わないとならない、のだというのである。
なるほど。
卵が先か鶏が先かという話みたいになってきたが、吸って死ぬのか、吐いて死ぬのか、・・・この2つでは、まったく意味が異なる・・・。
その先生も「吸って人は死ぬんだ」と結論づけていた。
なるほど・・・。

リサイクル日記「人間は死ぬとき、息を吸うか? 吐きだすのか? 考えてみた」



「じゃあ、吸って死んだ場合ですけど、肺に空気を溜めて人は他界するのですね?」
いろいろと突き詰めたいぼくは質問を先生に浴びせた。
「吐き出さないと気もち悪くないんですかねぇ。ぼくはずっと人は最期にすべてを吐き出して死ぬ、と信じておったんですが」
その医者も、あの指圧師も、このぼくの反論に、正論を戻すことは出来なかった。
「どっちでもいいじゃん。パパ、人間死んだら、終わりなんだからさ」
と一番正しい意見を言ったのは息子であった。
思い残すことはもうありません、という感じで・・・。
逆に、最期に吸っちゃうと、思い残すことだらけみたいな気がしてならないぼくは、いったいどうすればいいのだ?(笑)。
「大丈夫、パパはバンパイヤみたいに、死なないよ」

リサイクル日記「人間は死ぬとき、息を吸うか? 吐きだすのか? 考えてみた」



「辻さんは呼吸が浅すぎます。それじゃあ、長生きできない。真剣に呼吸してください」
とある先生に怒られたことがある。
たしかに、よく夜中に呼吸をしてないことがあった。
びっくりして息を吸い込み、目が覚めることもあった。
近頃はこれがなくなったから、ま、よかった。
しかし、それにしても、あの恐怖はすごいのだ。
慌てて呼吸をして、目が覚めた時の恐怖…。
一歩間違えたら死んでるわけだから・・・。
医者の友人に「それは危険。検査しなきゃ」と怒られ、その後一度精密検査をしたことがあるけれど、健康そのものであった。
「先生、多分、ぼくは飽き性だからですかね」
「あり得ますね、辻さん、もっと根気強く、執念深く生きてください。軽々しく生きていると、軽々しく死んじゃいますよ」
と言われた。
面白い先生であった。

最近は呼吸が止まることはもうない。
コロナ禍になってから、ぼくは一呼吸一呼吸を大事に吸って吐いているからである。

リサイクル日記「人間は死ぬとき、息を吸うか? 吐きだすのか? 考えてみた」



ともかく、呼吸が止まったら、人も動物も死ぬ。
逆を言うと生きてる限り呼吸は止まらない。
心臓も・・・。
息という字は、自らの心と書くから、どれだけ呼吸が大事か昔の人は良く知っていたことになる。
「現代人は呼吸が浅いんですよ」とまた別の指圧の先生に教えられたことがあった。
「とくに辻さんは浅すぎます」だって(笑)。

「背筋を伸ばし、意識して息を吸ってください。意識して息を吐くんです。
身体にまかせっきりじゃなくて。意思を持って呼吸をしなければだめです。
す~~~、は~~~、す~~~、は~~~~。
す~~~、は~~~、す~~~、は~~~~。
吸って吐いて、吸って吐いて、が人生の基本なのです。辻さん、わかりましたね!」
「はい、頑張って呼吸をして生き抜いてみせます!!!」

でも、しかし、ぼくは、やっぱりすべて吐き出してから死にたい派なのである。
肺の中を空っぽにして、ありがとう、とつぶやき、未練残さずこの世を去りたいのである。
そこを目指したい。

地球カレッジ

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自分流×帝京大学

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5月29日にパリのミュージックホール、オランピア劇場で単独ライブ!!!
5月29日のオランピア劇場ライブの翌日に、JALパックさんが企画をし、ぼくがよく知るレストランで、せっかくだからランチ会をやることになりました。ぼくも顔を出し、トークをやる予定ですので、せっかくパリに来られる皆さま、よろしければ、どうぞ、ご参加ください。JALパックさんに相談をすれば、モンサンミッシェルなどのツアーも・・・。この機会に、ぜひ。
詳しくは、こちらのURLをクリックください。

5月30日 辻仁成 オランピア公演記念 『感謝!Merci!』 トーク&ランチ会 《追加設定》



続いて、父ちゃんのニューアルバム「ジャパニーズソウルマン」はこちらです。無料でも聞けます。ってか、ほとんど無料に近いですので、思う存分楽しんでください。音楽が危機的な状況ですけど、ミュージシャンたちは頑張っています。


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