JINSEI STORIES

滞仏日記「ママ友たちとロックダウンなのに特別なイベントを計画した」 Posted on 2020/11/26 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、「ツジー、クックー? (はーい?)」
とイザベルからメッセージが入った。
暇すぎて、昼食後、ぼくはソファでぐったりしていたので、願ってもない暇つぶしのメッセージであった。
「イザベル、クックー? みんな、元気ィ?」
と返事を返した。
次々、メッセージが集まって来て、気がつくと、ママ友仲間たちが勢ぞろいとなった。
ぼくはソファにちゃんと座り直した。
「みんな、ちょっとわたし、凄いこと思いついたのよ」とイザベル。
「なになにないィ」とメラニー。
「え、きゃー、楽しそう、教えて~」とクレール。
「いいこと、ずっとロックダウンだったでしょ? だからさ、もう限界よね? おしゃれしたくない?」
「したい~」とレイラ。
「賛成、でも、どうやって?」とマリオン。
「いいこと、今から一時間後、16時ジャストに、みんなでファッションショーをやるのよ。ル・ボンマルシェの前で!」
「ル・ボンマルシェ!!!!」



ル・ボンマルシェとはパリで老舗の高級デパートのことだ。
「え、それマジ面白い」
と即座に返事をしたのはレテシアだった。
「でも、集会は禁じられてるわ」
とルイーズが横から意見を挟んだ。
「だからね、集会はしない。セーブル通り側のクリスマスの飾りつけが完了しているのよ。凄い綺麗な白いツリーが、まるでファッションショーの会場みたいな感じになってるの。その歩道で、ただ、すれ違うっていうイベント!」
「きゃ、あんた天才?」とレイラ。
「着飾っていいの?」とマリオン。
「いいのよ、ただすれ違うだけなんだから、誰も文句言わないわよ」
「それって、めちゃ面白い」とメラニー。
「だって、どうせ、みんな今日、散歩するでしょ? 顔見たいじゃない? 話しできなくても、会いたいじゃない。会ったら笑顔になるじゃない? 一言二言なら喋ったって、警察も何も言わないでしょ? 2メートル以上、離れて、やあ、とか言いあう分には問題なし」
「賛成、それ凄いアイデアだわ。ねー、ヒトナリ」とレイラ。
ねー、ヒトナリって、ぼくですか???
男はぼくひとりなのだ。
「あの、ぼくも?」
「当り前じゃない。あんたも私たちのグループなんだから。来なさいよ」
「でも、ぼく引っ越したから、一キロ圏内かなぁ?」
「あのね、外出許可証のショッピングに印をつけていれば、距離も時間も関係ないから、大丈夫よ。あんた頭使いなさいよ。帰りにワインでも買って帰れば買い物になるでしょ? おばかちゃんね」とイザベル。
おばかちゃん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

ぼくは、「おばかちゃん」が気に入ってしまったのだ。
おばかちゃんのヒトナリ父ちゃんだった。えへへ。
「行きます! 16時にボンマルシェですれ違いましょう!」
とりあえず、まず、頭、洗わなきゃ!



マクロン大統領は昨夜、「28日から全国の商店再開」を宣言した。
カフェとレストランは1月20日まで閉鎖が続くが、クリスマス商戦を前に、商店主たちの圧力が国を動かした、と言っても過言ではない。
確かに感染者数は減っているし、医師や科学者たちも商店を閉める理由がわからないと言っていた。
フランス人にとっては正月よりも大事なクリスマス…。
クリスマスもロックダウンにすると、大きな国民の反感を買うことは間違いない。
だから、12月15日でロックダウンは解除となる。
政府もやむを得ず、緩和を認めたということになるのだろう。
商店が開けば、クリスマス前だから、大勢の人が外に出ることになる。

滞仏日記「ママ友たちとロックダウンなのに特別なイベントを計画した」



地球カレッジ

ぼくはシャワーを浴び、髪の毛を洗い、ドライヤーで乾かし、ストッパーで髪の毛をまっすぐに伸ばし、ひげを剃って、クローゼットから滅多に着ないスエードのコートを取り出し、太田光代さんに誕生日に貰ったスカーフを首に巻き、まだ一度も履いたことがなかったブーツを履いて、あ、それから最近買ったばかりのミッシェルのハット(白い紐が巻き付けられた可愛い帽子)をかぶって、外出した。
どうじゃ!!!
出がけに上の階の教師、ジェロームと階段ですれ違った。
「あれ、れ、れ、れ、おしゃれ~。ロックダウンなのに、どうしたの?」
とからかわれた。
「マクロン大統領に呼ばれたんだよ。ちょっと行ってくる。エリゼ宮まで」
ぼくの足取りは軽やかだった。

滞仏日記「ママ友たちとロックダウンなのに特別なイベントを計画した」



ロックダウンや外出禁止令のせいで、おしゃれをするという気持ちを忘れていた。
これは実に愉快なことだった。
気がつくと、一番乗りであった。
もうすぐ16時だったが、誰もやって来る気配がなかった。
派手な格好をしているので、人目を集めて、ちょっと恥ずかしかった。
ピン、という音がなった。覗くとイザベルからだった。
「ごめんなさい。急に娘が帰って来て、行けなくなった」
ええええええ!
ピン、という音がなった。覗くとルイーズからだった。
「私も、急な用事で行けなくなった」
えええええええええええ!
ピン、という音がなった。覗くとレテシアからだった。
「ごめんね、行けるんだけど、悩んでやめた。なぜかというとロックダウン太りしているから、とてもみんなに会えない。残念」
「あ、私も。着る服がない。探したけど、ろくな服がないのよ」
「じゃあ、私もやめる」

滞仏日記「ママ友たちとロックダウンなのに特別なイベントを計画した」



ということで、ぼく一人だった。
仕方がないので、写真を撮影していると、
「ヒトナリー」
と遠くから声がした。
顔をあげるとグラン・エピセリー(食料品館)の方向から、誰かが手を振りながら近づいて来る。
お、一人、来た!!! オディールだ!!!
オディールの息子のロマンとうちの息子は最近、そんなに仲が良くなかった。
でも、それはそれだ。
ぼくは歩き始めた。ル・ボンマルシェの白いクリスマスの飾りのちょうど、中心で、ぼくは立ち止まり、笑顔で彼女を待ち構えた。
彼女も笑顔だった。ブルーのさわやかなコートを着ていた。
やあ、とぼくらは言いあった。

滞仏日記「ママ友たちとロックダウンなのに特別なイベントを計画した」

自分流×帝京大学



地球カレッジ