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滞仏日記「白銀のパリ。モンマルトルでスキー、セーヌ河畔で雪だるま!」 Posted on 2021/01/17 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ゆきやこんこ あられやこんこ ふってはふっては ずんずんつもる、ということでパリは雪であった。
先週は、南のマドリッドが大雪で数十センチ積もり、都市機能がマヒしていたが、今朝、息子に「パパ、凄い雪だ!」と起こされた。
実は緯度で言えば札幌より高い(北にある)パリだけど、あんまり雪が積もったという記憶がない。1度か2度、大雪を経験したことがある程度、しかし、今日は久々積もった。
モンマルトルの丘では若者たちがスキーをやって大騒ぎになっていると、息子から写真を見せられた。おおおお、これはすごい、モンマルトルスキー場、なかなか素敵な眺めである。

滞仏日記「白銀のパリ。モンマルトルでスキー、セーヌ河畔で雪だるま!」



セーヌ河畔も雪景色に包み込まれ、コロナ禍の悲しみにくれるパリだけど、白銀の世界が広がって美しい。
寒いけど、今日もまた、ふらふらと歩き回ってしまった。
女性たちが、雪原となったセーヌ河畔の公園で雪だるまを作っていた。よくみたら、ウサギであった。可愛い。気が紛れた。

滞仏日記「白銀のパリ。モンマルトルでスキー、セーヌ河畔で雪だるま!」

地球カレッジ

滞仏日記「白銀のパリ。モンマルトルでスキー、セーヌ河畔で雪だるま!」

滞仏日記「白銀のパリ。モンマルトルでスキー、セーヌ河畔で雪だるま!」



ぼくは友人の室内インテリア設計技師、アダム・ファン・ダイクさんの事務所兼店舗まで、足を延ばした。
パリ脱出計画の相談に行ったのだ。着実に、ぼくの中でエクソダス計画は進行している。
出来るだけ安い物件をネットなどで探しているけど、日本の過疎地のような安さの一軒家はさすがにない。
もともとこっちの家は石造りだから、あまり値が下がらないみたい。
それでも、何か情報があるかな、と思って、「ぼろぼろで人がもう手を出せないような物件をタダ同然で買って、リハウスしたいんだけど。どっかにないかな?」と伝えた。
「そんなのがあれば、ぼくが欲しいよ」
とアダムが笑った。

彼は自分が手掛けた物件の写真などを見せてくれた。森の中にポツンとある可愛らしい家、大草原の中にある一軒家、半島の突端に立つ要塞のような家など、…。
どれも、とっても、センスがいい。
窓から見える森とか、暖炉の炎とか、壁紙の色とか、手すりとか、扉とか、どれ一つとってもうっとりするものばかりだった。
「犬を飼えばいいんだよ。寂しくない。ぼくもずっと一人暮らしだけど、愛犬が寂しさを紛らわせてくれる。まるで人間のように思える時がある」
彼はぼくが購入したいと思った持ち運び用の暖炉の前でその話しをしてくれた。この優れた美しいデザインの暖炉はオランダ製であった。ほしい。

滞仏日記「白銀のパリ。モンマルトルでスキー、セーヌ河畔で雪だるま!」



「人間は疲れるからね、もう、いいやと思うのなら、君のいうとおり、人間が密集する場所から離れたらいいよ」
飼っているという犬の写真を見せてくれた。大きなラブラドールだった。
「育てるの大変じゃない?」
「躾けるのは確かに最初大変だけど、甘やかさず、きちんとやれれば、あとは人間と同じだよ。この子はゲルハウトというんだ」
「オランダ人の名前?」
アダムはオランダ人だ。
ぼくはオランダ人の友人が数人いる。みんな名前と苗字のあいだにファンがついている。ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ。
英語読みだと、ヴァン、になるんだって。ちなみに仏語でオランダ人のことをオーランデという。
ファンは前置詞で「~の出身」という意味があるらしい。
「昨日、面白いことがあった」
暖炉の前でアダムが語り出した。炎の光りがアダムの頬で揺れる。物凄く背の高い男で、肩幅がしっかりしている。
「何があったの?」
「家で仕事をしていたんだ。机に向かって製図を書いていた。そしたら、背後から、ちょっと休んでコーヒーでも飲んだ方がいいんじゃないか、と声がした。ぼくがどんなに驚いたかわかるだろ? 慌てて振り返ると、ゲハルトが後ろのソファに座っていて、じっとこっちを見ていた。やっぱり、そうか、やっぱり、そうだったか、とぼくは思わず笑いながら大声をだしてしまった。わかるか?ぼくは椅子を回転させて、やっぱり、ゲハルト。お前喋れたんだな。ずっとそう思ってた。絶対、君は喋れるはずだって、思ってたよ。…。でも、どんなに待っても彼はもう喋っちゃくれなかった。どう思う? この話」
「へ? 何が?」
「だから、ゲハルトは本当に喋ったのか、それとも、ぼくの空耳なのか」
ぼくは息を吐きだすように、小さく微笑んでみせてから、
「喋ったんじゃないかな。君が聞こえたのなら」
と返しておいた。
そしたら、アダムも微笑んだ。
「犬を飼ったらいいよ。もしかするといつか語り掛けてくれるから」

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「家が決まったら、この持ち運び用の暖炉を必ず買うから、一つ、キープしておいてくれないか?」
ぼくはそう言い残して、雪景色の中へと出た。ソルフェリーノ駅で頼んでいたケーキを受け取った。
ミシュランの星付きレストラン「ES」の日本人パティシエールが作ったパリで一番おいしいショートケーキだ。
DSで、たまに記事を書いてくださるセギュール・チエミさんが一つ予約しておいてくれた。
大人気で、誕生日には間に合わなかったけれど、名前入りである。
こういうのはいくつになっても嬉しいものじゃないか。息子の喜ぶ顔が早く見たい。

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仕事場に顔を出し、明日の地球カレッジの回線チェックなどをやっていると、息子から電話が入った。
「パパ、今、シャトレにいるんだけど、凄い雪だよ」
「あのね、今日から夜間外出禁止令は18時からになったからな。それ前に帰って来ないと警察に逮捕されるぞ。うちの周りはうじゃうじゃいるからね、ポリス」
「そうか、忘れてた。分かった。もうちょっとしたら帰る」
電話を切ると、君もそろそろ帰る準備をしなきゃ、と誰かが言った。
驚いて慌てて振り返ると、背後のソファにゲハルトが座っていたのだ。
ぼくは椅子を回転させて、彼と見つめ合った。まるでアダムのような感じで、…。
目の奥でちかちかと光りがフラッシュした。
「どう思う? ぼくは果たしてパリを離れて一人でやっていけるかな? 」
「寂しがり屋っぽいからなぁ。冬の夜とか、泣きたくなるかもよ」
「ああ、なんとなく、分かるよ。でも、今までのような生き方にちょっと疲れたんだ。人間関係にへとへとになっている。何より、コロナにももううんざりなんだ。人間と交われば、感染する危険もあるし、そもそも、人間から少し離れてみたい。どう思う?」
「そういうことを言うにはまだ若すぎるんじゃないの?」
「一度、一人になってみたいんだ。息子が大学生になるこのタイミングで」
チンとワッツアップにメッセージが入った音がした。
覗くと息子からで、シャトレー駅の写真だった。遠くが雪で白くなっている。
微笑みながら、顔をあげると、ソファにいたゲハルトが消えていた。
しばらく、ぼんやり、彼がいなくなったソファを見つめていた。
犬を飼おうと思った。
息子が巣立ったら、次はゲハルトみたいに喋る犬を育ててみたい、と思った。

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