JINSEI STORIES

滞仏日記「息子にうまれてはじめて頼られ、思わず、大嘘をついた父の巻」 Posted on 2021/01/24 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、夕飯の準備をしていると、息子がやってきて、
「ちょっといい?」
と言った。
手をぬぐって、向き合った。
「あのね、パパは日本の中世の宗教とか政治に詳しい?」
「なんで?」
「あ、いや、2週間後にトマと二人でみんなを前に発表会しないとならない、というテストがあるんだ」
「日本の中世について?」
「うん、さすがにぼくには難しいし、トマにはチンプンカンプンだからね。でも、パパ、日本史、成績悪かったって言ってなかったっけ?」
うっすらと、かっちーーーん。
でも、実は、世界史は成績よかったのだが、お恥ずかしいことに、日本史は赤点すれすれの時もあった。(;^_^A
「いやいやいやいや、パパは、日本史得意だったよ。作家だもん」
出た。だもん、が出る時は、だいたい、反対なのである。
「世界史トップだったもん」
「日本史で、中世、15世紀の日本の政治と宗教だよ」
「ああ、ぜんぜん、得意。ってか、いつも100点だったもん」
これは嘘である。大嘘!!! (;^_^B



「日本史の高松先生は、パパの柔道部の顧問だったもん」
これは本当だけど、ぜんぜん、関係ない。
「すごいね」
ちょっと背筋伸ばして、威張ってる感じの父ちゃん。
というのは、息子に生まれて初めてくらいの感じで頼られたのに、しかも、愛する日本のことなのに、中世ごときのことを語れない親じゃ情けないという頭が働いちゃって、嘘の上塗りをしてしまうのだった。(;^_^C
「ご学友たちがね、パパに中世のことをよく聞きに来ていたなぁ。パパは生き字引だったからね」
「ほんと? 凄い。助かる。仏語で調べたんだけど、あまり情報がないんだよ」
\(◎o◎)/!(;^_^D
「あはは、そりゃあ、そうだよ。専門家が少ないからね。よかったな、パパが専門家で」
やばい、マジ、やばい。(;^_^E
ああ、背中が冷たい。滴り落ちる冷や汗じゃあ。なんで、知らないと言えばいいのに、つい知ってると言っちゃうのよ、父ちゃん!
(;゚Д゚)/~~~

滞仏日記「息子にうまれてはじめて頼られ、思わず、大嘘をついた父の巻」



「パパ、中世っていうとさ、何時代になるの? ほら、日本って、ヘイアン、ムロマチ、アヅチモモヤマとかいろんな時代に分かれてるでしょ?」
「ゥえええええええええええええええ? あ、ちょっと待て。大変なことを忘れてた!」
「何?」
「いや、今日の夕飯だけど、ポトフ作るつもりなんだけどね、肉を買い忘れてたんだよ。失敗した、買いに行かなきゃ」
「これじゃないの?」
目の前に、肉があった。
「おおおおお、これだ。買ったことすら忘れてた。父ちゃんとしたことが、あはは」
「パパ、15世紀、日本にあった宗教って仏教と神道だよね?」
「え? ああ、そうだね。ま、いい線いってるよ」
「あの、どういう仏教があったの?」
「ぐうわあああああ~、大変なこと思い出した。今夜、ポトフにする予定なんだけど、蕪を買い忘れた!」
「パパ、これじゃないの?」
「ㇴおおおおお~、蕪があるじゃないか。こんなところに、ういやつだ」
(;^_^F

滞仏日記「息子にうまれてはじめて頼られ、思わず、大嘘をついた父の巻」



ということで、
「料理の邪魔だ、明日の日曜日の昼飯時に、ちゃんとレクチャーしてやるから、さ、子供はあっちに行ってなさい」
とりあえず、キッチンから追い出した父ちゃんだったが、さあ、大変。
そもそも、夕飯の時間までに調べる時間はない。だから、明日に、した。
そこをつかれるとやばいので、嘘の上塗りで、夕飯は別々に食べることになる。
(;^_^G
「パパは今夜大事な締め切りがあって、君、一人で食べといて。中世の話しは明日、しっかりとやろうな。大船に乗ったつもりでいなさい」



夕飯の準備をしながら、ネットで「日本、中世、宗教、政治」と検索して、まずはチェックしてみたのだけど、うおおおおーい、(←くれよんしんちゃん風)
やばい、ぜんぜん不得意だ。(;^_^Hitonari
パパは、昔から世界に出て行くつもりで世界史重視だったからなぁ、と独り言をつぶやいて、自己肯定をしている始末。
ありゃ、15世紀は、室町時代じゃないないか、なんだ、あたってたじゃん。びびらせやがって。(←独り言)、でも、ぜんぜん、あかん。
(;^_^ I
そこで、事務所の、この日記にはめったに登場したことがないが、縁の下の力持ちで、父ちゃんの秘書さんを30年も務めてくださっている、菅間さん(デザインストーリーズのツイッターの中の人)に、「中世の情報を明日のフランス時間の朝までに、小学生でもわかるような感じで、まとめて送ってください」と依頼したのであった。
ぼくより長生きをしている方だから、しかも鎌倉に実家が近いし、中世に詳しいはずだ、と踏んだ、父ちゃんであった。
「わかりました。大至急調べます」
と心強い返事。ふー。ひとまずは、これでよし。



とりあえず、自分でも調べておこうと思ってウイキペディアを検索したのだけど、日本の中世の政治権力と仏教と検索したはいいけれど、こ、これは一晩でマスターできるほど安易な内容ではなかった。
思えば、父ちゃん、今まで歴史小説を書いたことがない!
(@ ̄□ ̄@;)!!
「白仏」は日露戦争以降の日本、「日付変更線」は第二次大戦期の日本と日系人、あとは全部、近代から現代の日本が舞台で、おお、いわゆる歴史大河小説系がない。
唯一書いたのが早川書房の悲劇喜劇という月刊誌で発表した「ガラシャ、その愛」という作品のみ。
明智光秀の三女で細川忠興の正室であった細川ガラシャについての作品になる。そう言えば、あれは戦国時代から安土桃山時代だったっけ、…、書いてるじゃん。強気。かかってこいよ。(;^_^Jinsei

「ごはんだよー」
と息子の食事だけ、テーブルにおいて、自分の部屋に逃げ帰った父ちゃん。
今夜は、中世の日本の宗教と政治について勉強をする夜になりそうだ。
皆さん、助けて! つづく。

滞仏日記「息子にうまれてはじめて頼られ、思わず、大嘘をついた父の巻」

自分流×帝京大学
地球カレッジ