JINSEI STORIES

滞仏日記「人に裏切られ、ぼくは人を裏切らない人間になることが出来た」 Posted on 2021/02/19 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、人間というのはどうしても損得で動く。
「この人と付き合っていると得だから」という感じで集まりやすい。
得にならないとわかると、離れ方も半端ない。
ぼくの話しになるけど、ぼくが調子がよかった時、群がるように人が集まって来て、たとえばぼくが離婚してメディアに叩かれ始めたら、面白いくらい人が(しょっちゅうご飯を食べに来たり、ご馳走していた人間まで)が遠ざかった。見事であった。
それで、ぼくのいない場所で、悪口を言ったり、面白おかしく陰口されたのだから、人間不信になるなぁ。
ぼくに見る目がなかったという話しなんだけど、そういうぼくをじっと見ていた息子に、
「パパはほんとに甘い」
と叱られたことがあった。
ちなみに、息子はそういう連中とのメールやインスタをことごとくブロックしていたのだ。そうとは知らないぼくは、数年前、
「あいつ、どうしてんのかな? まだ連絡来てるの?」
とさりげなく訊いたことがあった。
「パパの悪口言う人間は、みんなブロックしてるよ」
と言われ、この子の強い性格を知った。
ぼくの人を見る目のなさ、甘さ、をこの子は見て、人間関係を学んでいったようで、親としては、ちょっと心苦しくもあった。
この子はこの子なりの正義感があるのだ。
それ以降、息子に同じ嫌な思いをさせられないから、損得勘定で近づいて来る人間にはかかわらないようになった。何事も勉強である。
ここでは書けない、恐ろしいことも山ほどあるけど、そういう過去のびっくりするようなことを思い出すたび、自分のふがいなさと人間の欲深さを思い知らされる。



しかし、人間ってやつはわかりやすいのォ、と思った。
自分の周りにどういう人がいるかで、ぼくは生き方が変わると思う。
ある時から、人との付き合い方を180度、変えてみた。
この人、純真で一緒にいると楽になるなぁ、嘘がないなぁ、いいなぁ、と思える人とだけ、付き合うようにした。
手をすりすりしながら近づいて来る人からは遠ざかるようになった。
誰にでも心を全開にして付き合うのを、寂しいけれど、やめてみた。
詐欺にあった人が以降気を付けるのに似ている。
ああいう、裏切りをもう二度と、経験したくないから、ぼくは用心深くなった。
面白いことに、最近、ぼくからすっと離れて陰口を言っていた人間が、風を読んでだろうか、「お久しぶりです。あにさん元気ですか? またごはんでも」と連絡してくるようになった。もちろん、無視はしないけど、会うこともないし、一言以外は返さない。
「ぼくらは幸せですよ。あなたも幸せでいてください」



で、ぼくがどん底にいる時に、それまで味方でもなんでもなかった人が、見かねて、手を差し伸べてくれたことが何度かあった。
これには本当に驚いた。
息子との二人きりの生活を、何も言わず、支えてくれた人たちがいたのだ。
そのおかげで、ぼくは体調を戻すことが出来たし、こうやって、再び頑張って働くことも、生きることが出来ている。
でも、共通しているのは、そういう方々というのは、皆さん、即得で動いていないので、ぼくに何かを求めたりしない。利用しない人たちである。
そうだ、ぼくは昔、けっこう、利用されていたのかもしれないね? 
いいや、もう、過去は関係ない。いい勉強をさせてもらったので、今が幸せだから、忘れたい。



今、自分の周りを見回すと、ピエールや、アドリアンや、ユセフや、リコ、ロマンや、ヴェロニク、マーシャル、ディディエ、ジャンフランソワ、クラウス、ロジェ、クリスティーヌ、レテシア、リサ、ロベルト、オディール、など、挙げたらきりがないくらい、素晴らしい人たちに囲まれている。
ぼくが何者か、関係なく、公平に付き合ってくれる純真な人たちばかり。そして、そんなぼくをじっと後ろから見続けてきたのが息子だった。有難いねェ。
なんで、こういう話しになったかというと、とある昔の知り合いから、「助けてほしいことがある」と先日、メールを貰ったからである。
もちろん、ちょっとだけ助けることにしたのだけどね…。なぜなら、恨み続けるのがぼくは嫌いだからである。えへへ。

滞仏日記「人に裏切られ、ぼくは人を裏切らない人間になることが出来た」



自分流×帝京大学
地球カレッジ