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リサイクル日記「発表!甘党父ちゃんの好きなパリ・ケーキ」 Posted on 2023/04/27 辻 仁成 作家 パリ

リサイクル日記「発表!甘党父ちゃんの好きなパリ・ケーキ」

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某月某日、とにかく、ごはんは食べなくとも、ケーキは食べるという、超甘党の父ちゃんは在仏歴20年のこの男は、時間ができる、うわさを聞きつけるとケーキを探しにパリ市内をよく徘徊した。
この20年で出会った、父ちゃんのイチオシケーキをご紹介したいのである。

リサイクル日記「発表!甘党父ちゃんの好きなパリ・ケーキ」

さて、パティシエの重鎮として、フランスではその名を知らない人がいない、フィリップ・コンティシーニの「レモン・タルト」をまずは紹介させて頂きたい。
ぼくは彼の大ファンで、その想像力を超える創造力から生み出されるケーキの可能性は群を抜いている。
残念なことに、すごすぎて、ぼくには理解できないケーキもある。めっちゃすごいか、なんだろうこれ、という二種類が必ず存在する巨匠なのだ。ごめんなさい。
でも、それはある意味、天才ということでもある。
時々、まったく理解不能なケーキを発表してしまうところは、もはや、ケーキ界のピカソ、シュールリアリストと言って過言じゃない。
でも、彼のケーキに、真似、というものはなく、どれもが本当にオリジナリティあふれるものばかりなのだから、おそれいる。
しかし、ここ最近で、一番ノックアウトされたのが、この「レモン・タルト」だ。
というのは、ぼくはレモンタルトが死ぬほど苦手・・・。ごめんなさい。
大嫌いだからぜったい手を伸ばさないケーキなのに、この雪景色のような大胆なデザインにやられ、清水の舞台から飛び降りる気持ちで買ったら、
ひゃあああああああ、なんじゃああああ、これ
と唸ってしまったのが、これ!
酸っぱさが苦にならず、甘みとのハーモニーが完璧な域に達している。
レモンタルトってこんななんだ、すいませんでしたー、と改めて謝罪したくなったほどの、絶品であった。



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つづいて、今更感もあるのだけど、ぼくがやはりどうしてもここに加えておきたかった、アンジェリーナの「モンブラン」!
王道中の王道で、アンジェリーナに買いに来るお客さんの8割がこのケーキに手を伸ばしている。
何が凄いかというと、このケーキと一緒にコーヒーを口に含んでもらうと、そのクリームがコーヒーの味をぐんと引き立て、さざ波のようなキャラメル感を口腔に広げるのだから、いやぁ、驚いた。
中は生クリーム系の何かなのだけど、物凄く奥行きがあって、多分、脂肪分に秘密があるのだろう。
やはり、よそでは味わえない美味さはてっぱん中のてっぱんである。
新作を紹介するコーナーなのに、旧作がいまだ強固にアンジェリーナを支えていることへのリスペクトったらない…。えへへ。
最近、このモンブランなのだけど、あのミルフィーユと合体した、ミルフィーユ・モンブランという新作登場し、度肝を抜かれた。

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で、ここで対決するのは日本が誇るマレ地区の新星、佐野恵美子さん率いる「レトロワショコラ」のモンブランだ。
どうです、ごらんください。
ぼくは写真を撮り忘れたので、今回は編集部のスタッフさんのインスタから勝手に拝借したが、チョコレート屋さんだけあって、中に、チョコの秘密が隠されていて、実に美味かった。
しかも、このデザインは強烈である。
レトロワショコラはマレ地区のど真ん中、ケーキ激戦街と呼ばれるエリアで異彩を放っている、超注目株で、ここでケーキ部門の指揮をとる青森出身の翔さんが、日本のケーキの歴史をフランスに逆輸入するような手法でオリジナリティを発揮している。
佐野さんのチョコレートへのあくなき情熱と翔さんの二人三脚が初々しい、パリの今後のトレンドに入るのは間違いないだろう。



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一方、迎え撃つフランス勢の中で、ぼくがもっとも注目しているのが、ユーゴ・エ・ビクトールのケーキたちだ。
重鎮コンティシーニとは手法が真逆で、若さと音楽を奏でるようなハーモニーが秀逸で、他を圧倒する。
写真の新作「バニラとチョコレートムース」は非の打ちどころもないほど、ぼくを虜にした。
なんてことはない一口、しかし、ええええええ、これ好きーーー、とハマってしまった。
この中に、バニラの生クリームが仕込まれており、真ん中にサブレ、上にピーカンナッツが添えられ、口の中で弦楽四重奏を聞くようなさわやかさが混じっていく。
音楽と表現したけど、コンティシーニが哲学や文学だとするならば、彼のは音楽なのだ。
ここのマロンのミルフィーユも他では食べられない素晴らしい出来栄えなので、追記しておく。



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出た。もはや、新人でもないし、紹介されつくされてきたパティシエなので、悩んだのだけど、この新作「ピスタチオのタルト」があまりにおいしくて、有名だからどうのこうのじゃなく、本当に頑張っているからこそ、紹介したい、と思った。
日本の重鎮、サダハル・アオキ。
一見、また、アオキさんの得意な抹茶かな、と思いきやこれがピスタチオで、ちょっとウイロウのような和菓子的なトロトロゼリー系の外皮が、サクサクの、いわばアオキ節炸裂のタルトと口の中で絶妙に入り乱れ、おおおおおおおおお、めちゃ新しい、とぼくをまたしても唸らせたことに、脱帽・・・。
彼はピエール・エルメと並ぶ、マカロン職人だと思っていたが、こういう忘れかけたころに必ずホームランを打ってくる、不屈のパティシエなのであった。



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じゃあ、もう一人の重鎮を紹介しないわけにはいかない。そのピエール・エルメだけど、彼の「胡桃のタルト」はやばかった。
見た感じの地味さは、この人の作品の中ではもはや目立たない域。
最近またしてもリメイク的にイスパハンの新作ケーキを出したばかりだけど、ああいう華やかさとは対照的なこのタルトにこの人の神髄を見た気がする。
食べた瞬間、えええええ、これ、知っとるぞ、なんだっけ、と物凄く記憶を揺さぶられる味わいがあって、それが「黒糖」だったことに行きついた時の感動、忘れられない。
黒糖じゃあああああああん、すげー。こうなるのか、と頭が下がった。
胡桃好きには本当にたまらない風味、広がり、濃厚さ、安定の甘さ、どこを切っても、王様、エルメの最高傑作の中の、一つであろう。
ピエール・エルメはしょっちゅう、リニューアルを繰り返すので、今もこの胡桃のタルトがあるかどうか・・・。
イスパハンは必ずあるのだけど・・・・



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ピエール・エルメやサダハル・アオキと同列に並べていいのかわからないけれど、最近の注目株、ぼくはMARIKOさんのケーキに懐かしさと衝撃を覚える。
とくに、彼女の傑味はこの抹茶のシュークリームであろう。
エルメが黒糖を使ったように、MARIKOはこの抹茶のクリームのど真ん中に、大胆に「黒蜜」を仕込んだ。シューはビスケットシューだから、分厚くちょっと触感があり、このシューと抹茶クリームと黒蜜のバランスが、多分、抹茶に慣れ親しんだフランス人にも大きな衝動を持ち込む一品であろうと思われる。
日本では珍しくない、和風テイストの洋菓子。しかし、溶ける抹茶クリームとビスケットシューのバランスはなかなか真似が出来るものではない。
最近、食べたシュー系のケーキでは群を抜いていた。ちなみに彼女のケーキは一つ星レストラン「ES]で予約販売をしている。



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で、ラストはケーキ屋さんじゃなく、パン屋さん(?)のティエリー・マークスが店頭でさりげなく売る「クイニアマン」!
庶民的な優しさを総合的に評価して、ここに列記しておく。
ブルターニュ地方特産の重層的なパイ生地風の焼き菓子だけど、ティエリーはそこにリンゴを仕込んでいる。
クリームとか派手なものは何もないのだけど、なんとなく紅茶が飲みたくなる、フランスの風土菓子と言って差し支えないだろう。
日本が大好きなティエリーは柔道家でもあり、店内には日本語のデザインが使われている。
一度、立ち話をしたことがあるけど、気さくな優しいジェントルマンだった。
この焼き菓子はちょっとだけ電子レンジでチンしてたべることをお勧めしたい。

自分流×帝京大学

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最後の登場は僭越ながら、日記でも紹介したことがある、父ちゃんがたまに作るいちじくのタルトである。←、自分かい!!!
甘いもの好きが高じて、家でこういうものを作っては近所にふるまっている。
甘いのを作るのが好きになった、そういう変なおじさんだからこそ、本当に美味しいもの、真似できないおいしさがよくわかるので、今回、パリで話題のパティシエたちをご紹介させていただいた。
甲乙つけがたいものばかりだけれど、中には日本でも手に入るものがあるようだ。
コロナ禍が終わって、パリに遊びに来る機会があればぜひ、味わってみてもらいたい。
ぼくはその日がそう遠くない、と信じている。甘いものがこの厳しい時代を忘れさせてくれるのだ。



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