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滞仏日記「ぼくは今、毎日、死にそうなほど悩んでいる。答えのない答えを探して」 Posted on 2021/03/30 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ずっと悩んでいることがある。
ここのところほぼ毎日、悩んで、ある意味苦しんでいる問題がある。
そうこうしているうちに、気が付いたら、オーチャードホールのライブまであと、ちょうど二か月となった。
タイムリミットが近づいてきた。
待ってくれているファンの皆さんには本当に申し訳ないとは思うのだけど、ライブはやりたい、命がけでもやりたい。しかし、一日に4万人もの感染者を出すフランスから帰るべきかどうか、でぼくはぼくで苦しんでいるのだ。
ぼくがフランスから帰ることで不安になる方もいるだろう。
こういう状況になると、こっそり帰って、しれっとライブをやるわけにはいかない。

滞仏日記「ぼくは今、毎日、死にそうなほど悩んでいる。答えのない答えを探して」



そもそも異国で生きるぼくは日本のコロナに対する状況がよくわからない。
だから、知人に相談をしたら、「ファンは楽しみにしているのにやってください」という人が一人いた。
しかし、残りの4人は、「どうだろう、わからない。延期出来るならした方がいい」という意見だった。
ECHOES時代からずっと、ぼくの音楽活動を支えてくれている主催者の一人、中原氏にこのぼくの気持ちをぶつけることになる。・・・彼も悩んだ。
主催のホットスタッフ、会場のオーチャードホールとも相談をする、と言い残して中原氏は電話を切った。その後、返事はない。

滞仏日記「ぼくは今、毎日、死にそうなほど悩んでいる。答えのない答えを探して」



主催者は簡単に延期とか中止には出来ない。それには理由がある。
2019年10月のぼくのオーチャードホールのライブが台風の直撃を受け延期になった。超大型台風で人命を優先して主催者が判断し、前日に延期が決定したのだ。ぼくは男泣きをした。あのくやしさは生涯忘れることができない。
しかし、オーチャードホール側が即座に動いてくださり、2020年の5月24日に延期日が決まった。チケットは払い戻しとなったが、払い戻さないで、次のライブを待ってくれた方々が結構いたのには驚いた。申し訳なかった。
ところが、去年、今度は新型コロナが世界各地に出現し、まもなくフランスはロックダウンになった。ライブも二度目の延期が決まった。
その時、主催者との話し合いで、2021年の5月ならコロナも落ち着いてるだろうということになり、この5月の日程が決まったのだ。
しかし、状況は変わらず、しかも変異株が出現し、この厳しい現実はご存じのように続いている。日本も感染者が増えつつある。



この日記にもよく登場する知り合いの中学生マノンの学校では、今日、PCR検査トラックがやって来て、全校生徒のテストを行った。今、フランスは学生にまで検査対象を広げ、PCRテストを徹底的にやっている。
その結果、彼女の学年のすべてのクラスから一人ずつ感染者が出て、今日から、1週間の学年閉鎖に追い込まれている。
このまま進むと、教師も足りなくなり、フランスの学校は閉鎖に追い込まれかねない。
フランスでは各街角にPCR検査テントが立ち無料でテストが繰り返されている。薬局では抗原検査、抗体検査も行われている。
だから大きな感染の数字が出るのは事実だけど、同じような検査をやっている英国では今日、遂に死者がゼロとなった。
ワクチンが確実な成果を出しているのだ。
けれどもワクチン獲得に出遅れたフランスでは全国民がワクチンを接種できるまでにあと半年ほどの時間を要する。
9月末までに全国民の接種を完了することを目標にしている。
コンサートを安心して開催するために、ぼくがまずワクチン接種する必要があるだろうと思って、あの手この手で探ったけれど、高齢者の皆さんを優先する以上、まだちょっと若いぼくは順番を待たなければならない。

滞仏日記「ぼくは今、毎日、死にそうなほど悩んでいる。答えのない答えを探して」



今月いっぱい、日本とフランスを結ぶ飛行機が日本政府の要請でチケットの販売が中止されているが、4月以降はまだわからない。
しかし、フランスの状況を見て日本政府は入国に際し、厳しい措置を実施している。
今は出発72時間前に出発国でPCR検査を受け陰性証明書を持ってないと飛行機に乗ることが出来ない。その上、空港でも検査をする。
日本の空港で陰性の場合でも、国が指定するホテルで3日間の強制隔離を行う。
その後、全部合わせて2週間の自主隔離をして、最後にもう一度陰性のテスト結果が出た場合、自由になるという流れである。
しかし、噂だが、このまま行くと、フランスからの入国者だけ、もっと厳しくなり、もしかすると2週間の強制隔離もあり得るのじゃないか、という意見もある。(これは在仏日本人の中で駆け巡っている噂レベルの話し)
しかし、噂であろうと、非常に現実味がある話しだと思う。ドイツはフランスを危険地域に指定したのだから・・・。
そうなったら、ホテルで運動も出来ず、発声練習も出ない状態でライブをやることになる。前回の自主隔離でさえ、日記で書いた通り、精神的に不安定な時期があった。
もちろん、やれと言われたら、ライブを成功させるために、ぼくは心底ライブをやりたいのだから、もちろん二週間であろうと三週間だろうと隔離を受ける覚悟はある。
ファンの皆さんに喜んでもらえるなら、頑張れる気力はある。
でも、現実問題、そのような状況下で隔離をやり、その直後、2時間歌い続ける身体を維持できているのかどうか、・・・。
そのような体調で、応援してくださる人の前で歌って、本当にベストが尽くせるのか? そして自分は納得できるのか、という問題が出てきた。
しかし、それにも負けない、もっと大きな個人的問題もあるのだ。



17歳といえ、未成年の息子を残して日本に行けるのか、・・・。
今までの長期日本滞在は、知り合いの乳母経験者や、近所の友人、ママ友、もしくはデザインストーリーズのスタッフさんらに交代で頼んで応援してもらってきた。法的には可能なのである。
しかし、現在フランスは緩いとはいえロックダウン中で、感染者が増え続けている状態にある。
ちょっと田舎のアパルトマンに行くのとはわけが違う。
ライブのために戻るなら、隔離期間と練習期間をあわせ、4週間の滞在日数が必要になる。このような状況下で、息子を一人パリに残していけるだろうか?
ライブをやってよ、と言われても、やりたいのだけど、父親の立場になると、どうも、苦しいのである。
そのようなことを中原さんに伝えた。でも、彼も立場的に苦しいのだろう、返事がない。もうずっと返事がない。催促しても、返事がない。今日もなかった、・・・
一度電話で話しをしたとき、
「辻さんの気持ちはよくわかります。少し考えさせてください。オーチャードホールと主宰のホットスタッフの皆さんと相談をしてみます」
という返事で終わったままである。

二回の延期で、主催者は毎回会場費の半額を払っている、らしい。会場だってビジネスなのだから、当然のことだと思うし、逆の意味、誰にもに責任がないわけだから、主催者も困っただろう。
しかし、ここで再々延期となれば、さらにキャンセル料を払わないとならない。こうなると、もう、ぼくは音楽活動を続けて行くことそのものが苦しくなる。
誰のせいでもない、と言われればそうだけど、あまりに不条理な話しだ・・・。
晴れ晴れとした気持ちで歌えないなら、それは音楽ファンを裏切ることにもなる。
何よりも、一番心苦しいのは応援してくれているファンの皆さんに対してである。チケットの解約もせず、ずっと待ってくれて、愉しみにしてくれているその人たちの期待にぼくはどうやって答えればいいのか、今、分からずに本当に落ち込んでいる。
ぼくはもちろん、オーチャードホールの念願だった夢のステージに立ちたい。何としてもやりぬきたい。でも、このような状態なので答えが見つからない。
今、出口をみんなで探しているところである。
まずは中原さんこと、ぼくの相棒、ちゅーちゃんからの返事を待ってみる。

つづく。



滞仏日記「ぼくは今、毎日、死にそうなほど悩んでいる。答えのない答えを探して」

※ 大阪のライブのあと、打ち上げの時に、左がぼく。右上がサウンドクリエーター中原裕志さんことちゅーちゃんである。熱血ちゅーちゃん、待っとるで。

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