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退屈日記「娘の不良化に悩むピエールの精神事情と戦線離脱」 Posted on 2021/04/14 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、昨日は日中、ノートルダム寺院からマレ地区、ボージュ広場まで撮影をやったのだが、そこにカメラマン、ピエールの姿はなかった。
いろいろと事情があり、ピエールは先月いっぱいで撮影から離れてた。
一つは娘さんとの親子関係がうまくいかず、ちょっとノイローゼ気味なのだ。
先日、通りで大きな声がすると思って、窓からのぞいたら、うちの前の路上でピエールが娘さんと言い合いをしていた。
「なんて口の利き方をするんだ!それに、どうして、毎晩遅くまでほっつき歩いているんだ!学校が休みだからって、遊び歩いちゃダメだろーが!」
「いちいち、うるさいのよ。私だってもう大人なんだから、ほっといて」
大変な事態になっていたので、ぼくは上着をつかんで慌てて階下まで駆け降りると、少し離れたところに自転車にまたがった褐色の肌の若い青年がいて、ガムを食べながら、親子喧嘩を見ている。
「おいおい、君ら、大声で叫びあってつつぬけだぞ」
「だって、おじさま、パパがむかつくんだもの」
おじさま、それ、わしのことか???



退屈日記「娘の不良化に悩むピエールの精神事情と戦線離脱」

ここだけの話し、ピエールは普段はおとなしいのだけど、一度、切れるとかなり激高するタイプで、前回は、逆らった娘の携帯を妹の見ている前でぼきっとへし折って、だからうだつがあがらないダメおやじって言われるのよー、みたいなことを町中に言いふらされていた。
でも、そうかと思うと娘自慢もすごく、
「ツジー、あの子はああみえて才能がある。何か大物になる予感がする」
と言ったり・・・。
娘に頭のあがらない、でも、娘が大好きな父親なのである。
「とにかく、夜間外出禁止令のこの世の中なんだ。18時までには帰ってきなさい」
「帰るに決まってるでしょ? 馬鹿じゃないの?」
「馬鹿? それが親に対する口の利き方か! あばずれ」
「あばずれじゃない!!!」
ピエールは褐色の青年に、すまないですが、そういうことですから、と言った。追い出すような言い方でもあった。
青年はなんとなく不良っぽいのだけど、ぼくにはいい子だというのが、すぐにわかる。目がきれいだ。
その態度にはピエールへの気遣いであふれていたが、しかし、娘は関係ない彼氏にまで意見されて頭にきたのだろう、いきなり、ぼくの目の前で、というか、町中の連中が見ている前で、父親の腹部に強烈なパンチを浴びせたのだ。
ドカッと音がした。
するとすかさず、ピエールが娘をはたいたので、悲鳴があがる。あわてて、ぼくがその間に割って入った。
「このクソガキが!」
「だから、ママに三行半突きつけられるんでしょ。あんたみたいな傲慢な父親は最低よ!」
娘は彼氏の自転車の後ろに飛び乗って、二人はそこから逃げ去った。オートバイじゃないところがフランスなのだ。かわいい。

地球カレッジ



ということで、積み木崩しの心労から彼のカメラワークもさえず、先月をもって、日本人のカメラマンにスイッチしている。
「すまん、ツジー、期待に沿えなくて」
「なんも、気にするな。NHKさんもピエールに感謝していた。肉屋の冷凍庫まで潜入できたのはやっぱりピエールの人柄のおかげで、日本人カメラマンにはできなかったから、安心をしてくれ」
「そうか、よかった・・・」
ピエールはそう言い残して、とぼとぼと家路に戻っていった。俯き加減がやばい。哀愁のヨーロッパである。
やれやれ。

退屈日記「娘の不良化に悩むピエールの精神事情と戦線離脱」



このことを息子に話したら、
「パパ、息子でよかってね」
とぬかしやがった。は?
「あのな、パパだって、毎日、頭を痛めている。お前も親になった時にわかる。頼むから、ちゃんと生きてくれ」
ぼくは自分の青春時代を棚に上げて、息子にそう忠告したのであった。
お父さんたちの苦戦が続く、・・・

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