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退屈日記「我が家の一人ものバーで、毎夜、父ちゃんは一人バーごっこの日々」 Posted on 2021/04/20 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、去年の今頃、欧州で大拡散されたイタリア人のツイートがある。
自宅の窓に縦長のテーブルを置き、ちなみに、窓の向こう側がベランダになっている。
お父さんがスーツに着替えて、奥さんに「行ってきます」と告げて隣の部屋から外にでて、先の窓のところから顔を出して「おはよう。マスター、いつものカプチーノください」と奥さんに向けて言うと、奥さんがカプチーノをご主人の前に出し、それを飲み干し笑顔で出社するというもの。
これ、とってもロックダウン下のイタリアを表している。
欧州人はカフェで朝のコーヒーを飲まないと一日が始まらない、いわゆるカフェ文化がある。
そこで、このムッシュは自宅のベランダに自宅カフェを作り、奥さん相手に朝の儀式を毎日やっているというのだから、なごむ。
あれから一年が経ち、イタリアも今、まだロックダウン中だから、このご主人、奥さん相手にもしかしたら今もカフェごっこをしていることだろう。
これで少しはテレワークが捗るなら、いいんじゃないの?

退屈日記「我が家の一人ものバーで、毎夜、父ちゃんは一人バーごっこの日々」



ということで、じゃあ、ぼくはどうしているとか、というと、自宅の玄関に(うちはたまたま玄関がちょっと広い。何せ120年も前の建物だから、作りが変)、20年前に買った19世紀のバーカウンターがある。
天板は左右に広げるとカウンターになり、中の引き出しを開けるとワインなどを保管できる。
大昔のセラーみたいな家具だけど、一目ぼれして渡仏直後に骨董屋で見つけ、買った。
この一年、このカウンターバーはぼくの寝酒コーナーになっていて、というのも、正面、左右が鏡になっているから、なんかたくさん人がいる感じがする。
そのうえ、マネキンに自分のコートとハットをかぶせ、常連客ジョルジュと名付けた。
ぼくの話し相手である。
夜な夜な、ジョルジュ相手に、愚痴などを言って気分転換をしてから、たまには深酒をしている。
酔っぱらっても、隣が寝室なので、そのままごろんできるので、ちょー、便利だ。

退屈日記「我が家の一人ものバーで、毎夜、父ちゃんは一人バーごっこの日々」



写真は前回の「地球カレッジ」の時のものだけど、たまにはこんな風にバーマンルックで飲んだりもする。
息子はまだ未成年なので、付き合ってはくれないけど、来年、フランスの法律上の成人になるので、もしかすると、ビールくらい飲んで付き合ってもらえるかもしれない。
いや、まてよ、ぼくが不在の時に仲間たちとプライベートバーを使われてしまうかもしれないから、カギをつけなきゃならない、という話しかもしれないね。気をつけなきゃ。
でも、どんな環境でも、人間は遊び心と「粋」であれば乗り切っていけるというお話しでした。
皆さん、よい夜を。飲みすぎに注意ですぞ。乾杯。



退屈日記「我が家の一人ものバーで、毎夜、父ちゃんは一人バーごっこの日々」

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