JINSEI STORIES

退屈日記「なぜ、人は人に苦しめられながら、人を励まし、人を赦していくのだろう」 Posted on 2021/05/07 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、思い返せば、コロナが出現して、フランスは三回もロックダウンになり、ぼくが長年頑張って積み上げてきた映画「真夜中の子供」の撮影もオーチャードホールでのライブも中止になり、さんざんな日常なのだけど、ぼくは弱音を吐きつつも、前に向かって前進をしてきた。
でも、最初のロックダウンの時は、絶望のせいで生きている心地をはく奪された時もあった。
欧州はあまりに過酷だった。これは本当に、きつかった。でも、なぜだろう、ぼくは諦めなかった。今も、諦めていない。

退屈日記「なぜ、人は人に苦しめられながら、人を励まし、人を赦していくのだろう」



生きるのは過酷だけど、どの場面でも、生き抜く次の手を考え続けていた。
息子を育てないとならないので、親としても頑張らないとならなかった。
ずっと、「今ココ」という精一杯の現状を綱渡りしてきた。
ツイッターの返信でフォロワーの皆さんから「辻さん、いつもありがとう」と言われるたび、安堵しつつも、誰かを励ますことが実は厳しい今の自分を励ますということにも繋がってきたのは確かである。
人間は持ちつ持たれつなのである。
人間は人間に傷つけられ罵倒されどん底に突き落とされるのだけど、人間は同時に人間によって手を差し伸べられ引っ張りあげられ再生できる生き物でもある。
ぼくはいま、誰かを地獄から引きあげながら、同時に、自分も一緒に上がろうとしているのである。
励ます、ということはそういう運動だ。
誰かを励ますのは、そこに鏡があって、自分に跳ね返ってくる、もっとも人間らしい行動だと思わないか。
自分ひとりだけ幸せになれる人間なんていない。そんな人間はいない。
一番大切な幸福とは周囲の、関わった仲間たち全員で幸せになることなのである。

退屈日記「なぜ、人は人に苦しめられながら、人を励まし、人を赦していくのだろう」



まだまだこの世界は過酷が続くだろう。
日本も今が踏ん張り時なんだと思う。そういう中でこそ、やさしさや思いやりを失わず、人間らしく、精一杯生きられるように生きなければならない、とぼくは思っている。
厳しい状況下なので、どう転べばいいのか、判断が出来ない場面も多くあるとは思うが、ぼくは家族や友人のために行動が出来て、そして、自分自身を愛おしく包み、生きることが大事だと思っている。
この日記を通してしか、皆さんとは接することが出来ないけれど、ぼくはここでほぼぼくの考えを毎日何千字かの文字量で発信し、その葛藤や苦悩や希望や現実を皆さんに伝えることで、みんな一緒なんだから、頑張ろうという共有的希望を提案している。
ぼくの日記で笑ったり、泣いてもらえたり、考えてもらえることがぼくにも同時に同じ希望を届けるリフレクション(反射)となり、実に重要なのである。
人間は持ちつ持たれつなのだから、同じ地球という船にのったもの同士、この航海が続く限り、励ましあいたい。励ましあいましょう。
ありがとう。今日も生きてくれてありがとう。

退屈日記「なぜ、人は人に苦しめられながら、人を励まし、人を赦していくのだろう」



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